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移動時間が好きだ

2017.07.05 公開 ポスト

第6回 リバイバル連載

37歳になったらサウナに行こう(後編)pha

本連載をまとめた『ひきこもらない』書籍化記念! 毎日更新で連載リバイバルです。

 だいぶ頑張ったつもりだったけど、結局入ってから6分くらいで耐えきれなくなってサウナ室を出た。
 正しいサウナの作法としては、サウナ室を出たあとは汗を流して、そして水風呂に入らないといけないらしい。
 水風呂すごく苦手なんだけどどうしよう……。
 足をちょっとだけ水に漬けてみて、冷たい冷たい無理無理死ぬと思う。
 でも、せっかく来たのだし、ぼーっとしてても暗いこと考えるだけだし、と思って勇気を出して浸かってみる。
 うう、冷たすぎる……。冷たすぎて全く身動きができない。
 ただ水風呂に入ると、サウナで朦朧としていた意識が急激にパキッとした感じになった。視界が一気にクリアになるのがわかる。この感覚はちょっと面白い。
 この冷たさも皮膚にとっては良い娯楽だろう。
 冷たすぎて全身が強張って全く動けないのだけど、なぜか呼吸は普段より深く入った気がする。
 しかしやはり冷たさがつらくて、1分足らずで出てしまった。

 サウナというのは「サウナ→水風呂→休憩」というサイクルを何回か繰り返すのが良いらしい。
 それぞれの時間は「5:1:5」というのが目安として言われている。
 つまり「サウナ5分:水風呂1分:休憩5分」や「サウナ10分:水風呂2分:休憩10分」ということだ。
 次は休憩だ。浴場の中に置いてあるプラスチック製の椅子に座って休む。

 じっと休んでいると、少しずつ水風呂による冷えが去って全身に血行が戻ってくるのを感じる。
 そしてしばらくすると「その感覚」が来た。
 なんだか手足がしびれてきた。全身がズシンと石のように重くなって、椅子にめりこんで永遠に沈んでいくように感じる。重すぎて全く動けない。
 全身が重いのだけど、重いのと同時に体がふわふわと浮かんでいるようにも感じる。不思議な感覚だ。
 脳が炭酸に浸されたかのようにフツフツと沸き立って、意識が延々とどこかに浮かび続けていくようだ。
 視界がすごくくっきりと鮮明として、壁のタイルの模様がゆらゆらとゆらめいているようにも見える。
 これが本に書いてあったサウナトランスというやつなのか。
 そのまま意識を飛ばされてしまいそうになったけど、せっかくだからもうワンセットやろう、と頑張って立ち上がってもう一度サウナと水風呂に入って、今度は館内着を着て休憩室に移動して、リクライニングソファで毛布をかぶって横になった。
 しばらくするとまたあの感覚が来る。体を横たえるとさらに全身が浮かんでいく感覚が強い。
 意識や感覚を「それ」に持っていかれるままに任せ、ようやく醒めて意識が通常に戻ってきたときには、いつの間にか入店から1時間半ほどが経っていた。
気づくと、心なしかサウナに入る前よりも心身がスッキリしているような気がした。

 初めてのサウナ体験は思ったよりすごかった。
 これはハマる人がいるのはわかる。
 まさに「オッサンらはこんな気持ちええことしとったんか!」って感じだ。こんな身近な場所にこんな非日常な体験があったとは……。
 今まで僕は何度もスーパー銭湯に通ったりサウナに泊まったりしてたにも関わらず、こんな良いものを全スルーしていたとは、なんてもったいないことをしていたんだろう。これは全国のスーパー銭湯やサウナをもう一度巡り直す必要があるかもしれない。
 その日から僕のサウナ通いが始まった。

 今まで気にしたことがなかったけど意外と街にはたくさんのサウナがあって、それらを一つ一つ巡っていくのは楽しかった。
 気分が落ち込んでいたその頃の僕にとっては「サウナだけがこの世で唯一楽しいこと」という感じだった。
 元々、今住んでいるシェアハウスに風呂がないためときどき銭湯に通っていたのだけど、その銭湯の何回かに一回をサウナに変えた。
 何度もサウナに入って場数を踏むにつれて、サウナ室の熱さや水風呂の冷たさにもだんだん慣れてきて、最初ほど抵抗を感じずに楽しめるようになってきた。
 そうやってサウナに通っているうちに精神状態や健康状態も良くなって、今はサウナを知る前に比べてだいぶ元気になったように思う。
 37歳という、身体に衰えを感じ始め生き方の見直しが必要になってくるこのタイミングでサウナに出会ったのは、とても良いことだった。ありがとう、サウナの日。

 今ではスーパー銭湯に行ったときも欠かさずサウナに入る。
 サウナと水風呂を楽しめるようになったことで、それまでも好きだったスーパー銭湯をさらに3倍くらい満喫できるようになった気がする。
 今までだとスーパー銭湯に行っても「風呂に入って体をあっためてそのあと休憩室でぼーっとするだけ」という感じで、1時間もすると飽きて出てしまったのだけど、今は「とりあえず風呂に入って、次はサウナと水風呂に入って、そのあと休憩室でしばらく寝て、リフレッシュしたところでまた軽く風呂に入る」なんてことをやるようになり、5時間くらいは余裕で滞在できるようになった。
 単に風呂で体を温めるだけではなく、水風呂で冷やすというフェーズを入れることでメリハリがついて、飽きずに長時間楽しめるようになったのだ。
 昔は「寒いのは嫌い、冷えるのは悪」という感じで忌み嫌ってた水風呂だけど、最近ではサウナに入らなくても普通の風呂の後でも水風呂に入りたくなったりするくらいだ。

 前の回で「サウナ・水風呂・電気風呂」の3つを「何がいいのか全く分からない拷問風呂と思っていた」と書いたけど、3つのうちサウナと水風呂については37歳にしてその良さを理解することができた。よかったですね。
 あと一つ電気風呂が残ってるけど……。あれは肌がピリピリ痛くて嫌いなんだけど、大して文化的奥行きがなさそうなので別に掘り下げなくてもいいような気がしている。最近あんまり見かけないし。
 あれはなんか、江戸時代に平賀源内が「えれきてる」という静電気発生装置を作って「不思議なえれきの力で万病が治る!」とか根拠なく言ってたのとか、電気が珍しかった明治時代の頃に何にでも「電気」という言葉をつければハイカラでお洒落みたいなノリで「電気ブラン」みたいな酒が生まれたりしたのとか、そういうのと同じ匂いがする。
 あと、そういう系の風呂でよく分からないのがもう一つあるのだけど、ときどき見かけるラジウム温泉とかラドン温泉とかいう「放射能泉」はどうなんだろう。あれも放射能や原子力になんとなく前向きな未来感やハイテク感があった時代に漠然と作られただけのものではないのだろうか。
「微量の放射線は体にいい」と主張する「放射線ホルミシス効果」という説があるらしいのだけど、怪しい感じがする……。ちょっとウィキペディアで見てみたけど賛否両論あって本当かどうかよくわからなかった。風呂の世界はまだまだ奥が深い。

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pha

1978年生まれ。大阪府出身。京都大学卒業後、就職したものの働きたくなくて社内ニートになる。2007年に退職して上京。定職につかず「ニート」を名乗りつつ、ネットの仲間を集めてシェアハウスを作る。2019年にシェアハウスを解散して、一人暮らしに。著書は『持たない幸福論』『がんばらない練習』『どこでもいいからどこかへ行きたい』(いずれも幻冬舎)、『しないことリスト』(大和書房)、『人生の土台となる読書 』(ダイヤモンド社)など多数。現在は、文筆活動を行いながら、東京・高円寺の書店、蟹ブックスでスタッフとして勤務している。Xアカウント:@pha

 

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