田中卓先生(皇學館大学名誉教授)のご冥福をお祈りし、2016年に公開した試し読み記事を、6日連続でリバイバル掲載します。
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天皇陛下の「お気持ち」の表明があるのは8日午後15:00。「広島、長崎の原爆の日にあたる8月6日と9日、全国戦没者追悼式の15日を避け」られ、リオ五輪の「競技日程と重ならない時間帯として設定」(「朝日新聞」2016年8月5日)されたといいます。
生前退位のご意向で、必然的に出てくるのは、法律として1947年に制定された「皇室典範」(皇位継承と摂政に関する規律)の改正です。しかしこの話は、専門家の間で今よりもっと以前、「少なくとも小泉内閣成立以前の平成九年頃から始ま」っていました。『愛子さまが将来の天皇陛下ではいけませんか ~女性皇太子の誕生』(田中卓著)から、第3回をお届けします。
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周知のように、小泉内閣当時の皇室では、皇太子殿下の弟に当たられる礼宮文仁殿下(秋篠宮)の御生誕(昭和四十年十一月三十日)を最後に四十年間も、男子が一人もお生まれになっておらなかった。
このままでは、現皇室典範の規定によると、皇統が断絶してしまうことになる。この危機的な実情に対処して、「皇位は世襲のもの」という憲法(第二条)を遵守し、皇統永続の対策を考えるのは、当然、政府の責務であり、しかも今や緊急な対策を必要とする。
女帝反対派の識者は、政府の態度が“拙速”であるとか、平成十七年十月の衆院選挙に大勝利をした小泉首相の驕りと悪口するが、これは時系列を無視した、非難のための言いがかりである。政府の準備は、少なくとも小泉内閣成立(平成十三年四月)以前の平成九年頃から始まり(毎日新聞の報道)、皇室史の専門家の集まっている宮内庁書陵部の協力によって、すでに詳細な「参考資料」も作成され、これは今でも、インターネットの「首相官邸」のホームページに全文約五十ページが公開されているから見られるとよい。また「有識者会議」の設置決議は平成十六年の十二月二十七日であるが、この時は、まだ自民圧勝のはるか以前であり、当時、小泉首相は郵政民営化問題で苦境にあり、「勝さび」の心境からの驕りの余裕など、あるはずがない。