田中卓先生(皇學館大学名誉教授)のご冥福をお祈りし、2016年に公開した試し読み記事を、6日連続でリバイバル掲載します。
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天皇陛下の「生前退位」のご意向を受けて皇位継承について考える時、問題にされる「男系」「女系」とは、そもそもどういう意味なのでしょうか。議論の対象になったのは、どうも明治以降のようです。『愛子さまが将来の天皇陛下ではいけませんか 〜女性皇太子の誕生』(田中卓著)から、連載第6回をお届けします。
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なぜ、「女系」が伝統に違反するといわれるのか。この点が一般に理解されにくい。
一体、皇統に関して男系とか女系とか言い出したのは、西洋の学問を摂取した明治以来のことで、管見(私の考え)では、それ以前に議論の対象となったことはないように思う。
特に旧『皇室典範』で「男系ノ男子」と見える、その対として「女系」が話題となるが、ふつう民間で「女系」という場合は、女から女へと相続の続く家系、婿養子が何代も続く家系、母方の系統、等の意味である。『皇室典範』での場合は、在位の「天皇」を中心として考えることになるので、男帝(甲)の場合は、皇族以外の皇妃(側室)との間に生まれた庶子でも、過去においては、すべて「男系の男子・女子」となる。なお現在は、「皇庶子(庶子である天皇の男の御子)」は認められていない。
そして女帝(乙)の場合には、皇婿(女帝の配偶者)──この方が皇族(旧皇族を含む)であっても──その間に生まれた御子は「女系の男子〈A〉」または「女系の女子」となる。
女系反対派は、この女系が皇位につかれることは従来の歴史になく、伝統に違反するというのである。
しかし「女系の男子〈A〉」であっても、後に即位せられて「天皇」となり、娶られた皇妃(皇族出身者以外を含む)との間に「男の御子〈B〉」が生まれて、そのお方〈B〉が皇位につかれると、この系統は母方に当たる女帝(乙)の血をうけられているので、古来からの皇族の継承と見て、皇統は再び「男系」にかえると考えてもよい。
この問題は、前例がないため、皇室法の学界でも定説はないようだが、歴史的には、皇祖神の天照大神が「吾が子孫の王たるべき地」と神勅されている通り“天照大神を母系とする子孫”であれば、男でも女でも、皇位につかれて何の不都合もないのである。つまり母系にせよ、明瞭に皇統につながるお方が「即位」して、三種神器をうけ継がれ、さらに大嘗祭を経て「皇位」につかれれば「天皇」なのである。
子供は父母から生まれるのであって、男系とか女系の差別より、父母で一家をなすというのが日本古来の考えだから、それを母系(または女系)といっても男系といっても、差し支えなく、問題とはならないのだ。
この点が、ヨーロッパの王朝等とまったく違う。それは、日本の皇室にはもともと「氏」がないからである。
これは日本の他国に異なる最大の特色の一つだが、なぜ、皇室に「氏」がないのかというと、古来、皇室は他の氏族と区別する必要がなく、建国以来、天皇(古くは大王)の家として断然隔絶されていたからである(皇后の場合は周知の通り、正田家御出身の美智子様でも正田皇后とは申し上げない。女帝に対する皇婿の場合でも、皇族ならば当然、初めから「氏」はないから、氏名で呼ぶことはないが、民間の出身者でも、皇室に入られると、新しく『皇統譜』に記載されて、今までの戸籍は消滅して「皇族」の一員としてお名前だけになられるから、謀反者による革命が起これば別だが、婚姻関係から皇室とは別の「氏」の王朝が、将来も誕生される可能性はない)。