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世界でいちばん質素な大統領夫人が教えてくれたこと

2016.08.15 公開 ポスト

「生きる意味を見つけなさい」~ムヒカ前大統領夫人ルシアさんの言葉~有川真由美

 

 幸せに生きるために必要なことは、きっとそれほど多くない。
 「どうしても、これが欲しい」「どうしても、これがしたい」と思うことは、自然にそれへの“愛”があふれてくるものだ。それなのに、多くの人は、愛のないものを手に入れるために、必死に生きているのではないか……。

 「貧しい人とは、少ししかもっていない人のことではなく、際限なく欲しがり、いくらあっても満足しない人のことだ」。
 2012年リオ会議でのスピーチで一躍、世界的な注目を集めたウルグアイ前大統領ホセ・ムヒカさん。その妻として約30年、ともに歩み続けているルシアさんに本当の幸せについて聞きに行った。

 



ルシアさんに会いたい!

 ルシアさんを初めて見たのは、2016年2月、ウルグアイの臨時国会を傍聴したときだった。
 ルシアさんは、円を描くように並んだ上院議員席の中央、いちばん高くなった議長席に座っていた。
 その日は、本来の議長が不在で、いちばん得票数の多いルシアさんが代行していた。ウエーブのかかった白髪に大きな目、白いブラウスに明るいグリーンのジャケットを着ていて、その場所だけがスポットライトに照らされているようだった。
 大きな書類をゆっくりとめくりつつ、神妙な面持ちで議事を聴いていたルシアさんは、貫禄十分で、こちらも背筋が伸びるように緊張していた。

 そのとき、ルシアさんは意外な行動をとった。となりの席の議員をちらりと見遣り、こっそり飴玉を差し出したのだった。
 思わず、笑ってしまった。「あめちゃん、いる?」と、だれにでも飴玉を差し出す大阪のおばちゃんみたいだった。そして、「どうしても、この人と話してみたい」と私のルシアさんへの興味は最大限に高まった。
 理由はハッキリとはわからない。
 でも、「この人はきっと、ものすごく高いところまで到達した“心”をもった人なんじゃないだろうか」と思えてならなかったのだ。

 そう、これまで会ったことがないような、とんでもなく強く、とんでもなくやさしい……そんな切なくなるほどの深い愛情をもった人ではないかと。

世界中の女性のヒントになるルシアさんの生き方

 「ルシアさん」とは、ウルグアイの前大統領、ホセ・ムヒカさんの妻、ルシア・トポランスキー上院議員のことだ。ムヒカ前大統領は、2012年、ブラジルのリオデジャネイロで開催された「国連持続可能な開発会議」の伝説のスピーチで一躍有名になった。

 「私たちは発展するためにこの世にやってきたわけではありません。この星に幸せになるためにやってきたのです」
 自分たちの利益ばかりを考えて突き進んでいく世界経済を痛烈に批判したそのスピーチは、世界中の人に、生きる目的について改めて考えさせた。
 収入のほとんどを寄付して、農場で質素に暮らすムヒカさんは、敬意を込めて「世界でいちばん貧しい大統領」とも呼ばれた。

 ムヒカさんもさることながら、私がルシアさんに興味をもったのは、ウルグアイの隣国、アルゼンチンにいる友人、トモコさんから彼女の話を聞いていたからだった。
 トモコさんは、日本からのムヒカさんへのメディア取材でコーディネーターや通訳をしたり、自分でも独自の取材をしたりして、何度かムヒカさん、ルシアさんと面識があった。

 ブエノスアイレスで家庭をもって25年間生きてきたトモコさんも強靭な精神力をもった人だが、彼女がよくこんなことを言っていたのだ。
「ルシアさんって、本当にすごい人だと思う。あれだけの大きな男性のパートナーであり、自分でも絶大な人気の議員として活躍している。どんなことがあっても自分の思いを貫いてきたルシアさんの生き方は、世界中の女性にとって刺激になるんじゃないかな」

 そんな言葉は、働く女性に向けて本を書いている私の心をとらえて離さなくなった。「日本の社会は、どうしてこうも女性が働きづらいのか」「働けば働くほど、幸せから遠ざかっているのではないか」とかつて実感したことから本を書き始めたが、おそらくルシアさんは、そんなことを超越している人だ。
 女性たちの生き方、働き方のヒントが彼女のなかにあるように思えたのだ。

12年の投獄にも挫けなかったムヒカ前大統領との愛

 ルシアさんは、“女性”として、ということではなく、“人間”として自由に生きてきた人だ。ムヒカさんが貧しい母子家庭から、貧富の差をもたらす政治に疑問を感じて南米最大のゲリラ組織トゥパマロスの活動に入っていったのに対し、ルシアさんは、もともと富裕層で育ち、正義感の強さから、その活動に参加するようになった。

 私がウルグアイで知り合った60代の女性は、かつてルシアさんの近所に住んでいた。父親が国の教育長に任命された数時間後、彼女の実家はトゥパマロスによって爆破され、それがもとで父親を亡くしたという。トゥパマロスは、生死をかけて闘っていた非合法政治組織であり、いまもその過去に恨みをもつ人も少なくない。

 ムヒカさんが4度投獄され、最後は12年間にわたり、独房のなかにいたことは有名な話だが、じつはルシアさんも12年もの間、拷問を受けながら、いつ殺されてもおかしくない状況下で投獄されていた。
 二人が愛し合うようになったのは、最後の投獄の数か月前のこと。ムヒカさんは、刑務所のなかからルシアさんに一通の手紙を書いたという。
 「ここを出たら、いっしょに農場で暮らそう」と。
 そして、ルシアさんは「いっしょに暮らしましょう」と返事を書いた。

 12年もの間、二人は会うことがなく、軍事政権が倒れて恩赦によって外の世界に出てきたのは、ムヒカさんが48歳、ルシアさんが40歳のときだった。
 それから約30年、二人はいつもいっしょにいる。
 正式に結婚したのは、ルシアさんが60歳を過ぎてから。二人が取り組んできた貧富の差を縮めようとする政策は、貧困層から絶大な支持を集めた。これは私が勝手に推察していることだが、ルシアさんというパートナーがいなければ、ムヒカさんが大統領になることもなかっただろう。

日本ではほとんど報道されないルシアさん


 私はトモコさんを通して彼らに取材依頼を送っていた。ハッキリとした返事がないまま、予定の期日にウルグアイの首都モンテビデオに到着したが、ちょうどムヒカさんの大統領時代の収賄を糾弾する臨時国会が始まり、結局、国会を傍聴するにとどまった。

 そのときに見たのが、「あめちゃん」を渡すルシアさんの姿である。

 取材ができなくて、がっかりする気持ちは不思議となかった。
 「いつかルシアさんに会うことがあるだろう」と私は確信していた。
 一回目の訪問はその準備段階なのだと、ルシアさんたちが暮らす農村地域に行ったり、二人をよく知る日系移民の二世に会ったり、ウルグアイの働く女性たちに取材したりして帰国した。


 4月初旬。数か月前から情報が伝わっていたとおり、ムヒカさんとルシアさんが初来日した。テレビの特番が組まれたり、大学で講演会が開かれたりして、「世界一貧しい大統領」のことは広く伝えられたが、ルシアさんについては、ほとんど報道されなかった。
 テレビのなかで「夫の一歩後ろに下がっている、まるで大和撫子のような女性」というようなことを言っていた人もいたが、それはルシアさんを表現するには、少しちがう言葉に思われた。

 ルシアさんの秘書からトモコさんを通して、「取材に来てください」と連絡があったのは、4月下旬のこと。そのころ、私はある病気で臥せっていて、すぐには行けず、取材日は1か月半先の6月9日に決まった。
 「そのときまでに治るのか」と案じていたが、目的があると、体は元気になるらしい。奇跡のようにぐんぐん回復して、私は予定どおり、ふたたびモンテビデオの国会議事堂に赴いた。


生きる意味は近くにある


 ルシアさんは、ひと言でいうと、愛情に満ちた人だった。思っていたとおりの。そして、人生でとても大切なことをおしえてくれた。
「生きる意味を見つけなさい」
 という言葉を、ルシアさんは繰り返した。

 ルシアさんは、子供を産みやすい時期に投獄されていたために、自分たちの子どもをもつことができなかった、という話もしてくれた。
「でも、私たちは貧しい地域に学校をつくって、そこに来てくれる子どもたちを自分の子どものように思っているの。いつも飴玉をもっているのは、子どもたちにあげるためよ」
数か月前、国会でとなりの席の議員に飴玉をこっそり渡していたルシアさんの姿が思い出された。

 人生で自分の子どもをもてなかったことは、私も同じだ。だからというわけでもないのだろうが、だれかのために、なにかをしたいとも思う。
「生きる意味をもちたいですね。自分にもできることがあるかな……」
 私がそうつぶやくと、ルシアさんは、にっこり笑って力強く言った。
「あなたには、本があるじゃないの!」
 あなたは本を書くことで、人を幸せにしてるでしょう?と。

 突然、自分でもびっくりするほどの涙が、はらはらとあふれてきた。
 生きる目的は、人を支えてくれる。
 私は働いているだれかのためにと本を書いてきたが、じつはいちばん救われていたのは、私自身だったのだ。

 私は、この言葉を聞くために、ここに来たのかもしれない。
 この言葉があれば、私はずっと本を書いていけるだろう……と、そのとき、震えるような力が体全体に満ちていくのを感じた。

 ルシアさん、ムヒカさんも、投獄されていた間、そして、その後の人生も、生きる目的をもつことで、支えてきたのだろう。輝くようなエネルギーがあるのは、その目的に向かって、前へ前へと進んでいるからだ。
 きっと生きる「目的」というのは、自然に愛があふれてくることなのだ。

 ルシアさんからおしえられたことは、まだまだほかにもある。彼女の言葉のひとつひとつは、やわらかかったけれど、不思議なほど強い力に満ちていた。
 女性にとってということではなく、どんな人間にとっても、幸せに生きていくために必要な、本質的なことだった。
 これから数回にわけて、それらのことを伝えていきたいと思う。

 

関連書籍

有川真由美『質素であることは、自由であること 世界でいちばん質素なムヒカ前大統領夫人が教えてくれたこと』

お金がなくても、誰でも幸せになれる! 給料の9割を寄付する。資産は中古の車1台のみ。 ムヒカ氏との質素な生活の末に辿り着いた 人生に最小限必要で、最高に価値あるものとは? 「世界でいちばん貧しい大統領」として有名になったウルグアイ前大統領ムヒカ氏。 彼と長年付き添っている妻のルシア・トポランスキーに女性エッセイスト・有川真由美がインタビュー。 ムヒカ氏とのなれ初めから、物を持たずに幸せになるということ、お金との向き合い方など誰でも 幸せになるヒントが盛りだくさん。持たない暮らしの幸福論。

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世界でいちばん質素な大統領夫人が教えてくれたこと

「貧しい人とは、少ししかもっていない人のことではなく、際限なく欲しがり、いくらあっても満足しない人のことだ」。
2012年リオ会議でのスピーチで一躍、世界的な注目を集めたウルグアイ前大統領ホセ・ムヒカさん。

あまり日本では知られていないが、その妻として約30年、ともに歩み続けているルシアさんもまたウルグアイで絶大な人気を誇る政治家である。
偉大なパートナーを持ちながら、自身の信念も貫き行動し続けるルシアさんの生き方・働き方は、日本女性の参考になるのではないか。

「日本の社会は、どうしてこうも女性が働きづらいのか」「働けば働くほど、幸せから遠ざかっているのではないか」と、悩む日本女性へ向けて、多数の著作を持つ作家有川真由美氏が、ルシアさんに「本当の幸せ」について聞きにいった。

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有川真由美

鹿児島県姶良市出身。台湾国立高雄第一科技大学大学院応用日本語学科修士課程修了。化粧品会社事務、塾講師、科学館コンパニオン、衣料品店店長、着物着付け講師、ブライダルコーディネーター、フリーカメラマン、新聞社、編集者などその数50の職業経験を生かして、自分らしく生きる方法を模索し、発表している。また、世界約40か国を旅し、旅エッセイやドキュメンタリーも手がける。著書に『遠回りがいちばん遠くまで行ける』『上機嫌で生きる』(小社)他多数。

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