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リオパラ2016ブラインドサッカー解説者日記

2016.09.19 公開 ポスト

第4回

最強の盾を最強の矛が射貫き、ブラジルが4連覇を達成!岡田仁志

この聖火もこれで見納め。

■9月18日(日)決勝戦

 5時起床、6時40分現場入り。当初は9時に収録開始の予定だったが、前日に急遽スケジュールが変更になり、1時間前倒しになった。それでも、まあ、今大会の中ではいちばん常識的な出勤時間といえるだろう。最終日まで寝坊や電車の乗り過ごしなどをせずにスタジオにたどり着いた時点で、ややホッとした。

 打ち合わせの時点ですでに試合は終わっており、ディレクターは準備のためにライブ映像を見て結果を知っている。実況アナの喜谷知純さんと私は情報遮断して臨んでいるので、何も知らない。なかなか微妙な空気である。ディレクターが「決勝は、前後半が終わって同点の場合は5分ハーフの延長戦、それでも決着がつかなければPK戦になります」と説明したときは、内心「どうなのよ、どうなのよ」とソワソワしてしまった。イランGKショジャエイヤンの好調さを考えると、0-0でそうなる可能性も決して小さくはない。

 想定より早く準備が整ったので、7時30分から収録開始。10番リカルジーニョと7番ジェフィーニョの二枚看板を擁するブラジル攻撃陣が、難攻不落のショジャエイヤンを攻め落とせるかどうか。見どころは、その一点に尽きた。イランはひたすら守備を固め、少ないチャンスをモノにすることを考えるだろう。得点できなくても、PK戦まで持ち込んでしまえば、自分たちには大会ナンバーワンの守護神がついている。

 イランの密集ディフェンスとショジャエイヤンは、この試合の序盤でも安定した守りを見せた。ブラジルがほぼ一方的にボールを支配し、リカルジーニョが左サイドから何度もドリブル突破を仕掛けるが、イランの4人が左45度のエリアに厳重なカギをかける。リカルジーニョが得意とするシュートエリアだ。ここの攻防が勝負を分けることは、イランもよくわかっている。

 前半9分、その左45度6メートルの位置でイランがファウル。強引に突破を図るリカルジーニョをたまらず倒した恰好だった。こうしてファウルを誘うのも、ひとつの攻略法だろう。ブラジルのガイドが、左右のポストを金属製の棒で叩いて、ゴールの幅をリカルジーニョに教える。笛が鳴ると、リカルジーニョはイランの4枚壁を避けて中央に向かってドリブル。ボールに向かってきた10番ザダリアスガリをかわして、強く右足を振った。だが、鋭いシュートをショジャエイヤンが体を倒しながら胸で止める。

 このあたりから、リカルジーニョは考え方を切り替えたのかもしれない。45度よりも内側のエリアにカギがかかっているなら、アウトサイドで勝負。事実、フリーキック直後のチャンスでは、内側に切り込まずに30度あたりから早めのシュートを放った。さらに前半10分のコーナーキックでは、外側にドリブルでふくらむのではなく、ゴールライン際の狭いエリアからペナルティエリアに侵入。DFの2番プラザビが辛うじて足に当ててピンチをしのいだが、イラン守備陣が初めて綻びかかったシーンだった。

最強の矛リカルジーニョ(左)と最強の盾ショジャエイヤン。

 そして前半12分。センターサークル付近からジェフィーニョが左サイドに出したパスを、リカルジーニョが巧みに拾ってドリブルを開始。相手DFを左右に揺さぶった後、左45度8メートルの地点で、リカルジーニョが足裏でボールを止める。急ブレーキを踏まれたイランの4人も、一瞬、棒立ちになった。ドリブラーが止まった瞬間は守備側がボールを奪いに行くチャンスだが、それを試みる者もいない。次は、右か、左か──。それだけを考えていたのだろう。どちらかといえば、守備陣の意識は内側にあったはずだ。そちらをふさいでおけば、たとえアウトサイドに逃げられても、角度がないのでシュートコースは狭い。撃たれても、ショジャエイヤンの守備範囲だ。

 ひと呼吸おいて再起動したリカルジーニョは、「外」を選択した。内側に重心をかけていたであろうイランDFの対応が、わずかに遅れる。ゴールに約5メートルまで肉迫したリカルジーニョが、すかさず右足を振った。ゴールラインからの角度は、20度もなかったかもしれない。もし見えていたら、左右のゴールポストのあいだをショジャエイヤンの大きな体が完全にふさいでいただろう。

 しかし、ほんの少しだけ、シュートコースはあった。ショジャエイヤンの股間だ。長身GKの、唯一ともいえる弱点。その長い脚を閉じるタイミングが、ほんの少しだけ遅れた。いや、リカルジーニョのシュートスピードが、ショジャエイヤンの反射神経をほんの少しだけ上回った。

 ボールがゴール右下に吸い込まれる。最強の矛が、最強の盾を射貫いた。それまで自信を漲らせてピッチを睥睨し、アルゼンチンとのPK戦では余裕の微笑さえ浮かべていたショジャエイヤンが、頭を抱えてうずくまる。味方DF陣が相手を外に追い出すことに成功した以上、あの角度からのシュートはGKの責任だ。その重みを痛感していたからこそ、ショックも大きかったに違いない。

 だが、このゴールはリカルジーニョを褒めるべきだろう。ボールを持ってから数秒のあいだに、ブラジルのエースはイランの5人全員との駆け引きに勝った。あのときのリカルジーニョは、あたかも剣術の達人のように、ピッチ上の時間と空間をひとりで完全に支配していた。

 前半の早い時間に先制ゴールを許したイランは、きわめて戦い方が難しくなった。追いつかなければいけないが、2点目を奪われるとほぼ「試合終了」なので、リスクを負って攻めることもできない。引き続き守備を固めて、ワンチャンスを狙うしかなかった。

 そのチャンスがまったくなかったわけではない。リードしても攻撃の手を緩めないブラジルは、中盤の3番カッシオとDFの5番ダミアンが縦に並ぶ守備陣形だ。カッシオのボール奪取力があってこその守り方だが、そこでミスが発生すると後ろの守備は手薄になる。イランはその隙をつく形で、ザダリアスガリや9番ラヒミガスルがときおりブラジルゴール前まで攻め込んだ。しかしシュートが枠をとらえることさえできない。

 イランがもっともブラジルゴールに迫ったのは、後半8分。左コーナーキックから、ラヒミガスルが強引にボールをGKエリアまで運ぶ。そこに12番バセリも加勢し、ブラジルの3人とラグビーのような密集肉弾戦になった。GKルアンはエリア外に手を出せず、ボールの手前で両手を広げて待つしかない。ブラジル守備陣が尻餅をついた隙にバセリが左足でシュート。枠に飛べば決まっただろう。しかし惜しくもボールは大きく左に逸れた。

 イランは最後まで、攻撃に人数をかけなかった。セットプレーでは、せめて3人を前線に上げて相手の壁をブロックするなどすれば、もう少しチャンスを広げられただろう。もちろんブラジルのカウンターは怖いが、試合終盤でもリスクを負う勇気が見られなかったのは、やや残念だ。

 試合は、1-0のままタイムアップ。ブラジルがパラリンピック4連覇を果たした。リカルジーニョにとっては3度目の金メダルだが、4月に足を骨折し、出場が危ぶまれながらも懸命のリハビリで本番に間に合わせただけに、地元リオでのこの勝利は格別だろう。ジェフィーニョやカッシオの活躍も大きかったが、やはりリカルジーニョの存在感は圧倒的だ。ショジャエイヤンを落城させたあのシュートは、間違いなく今大会のベストゴールであり、彼にしか決められないものだった。ブラジルの優勝は予想どおりの結果だが、彼らのプレーには予想外の驚きがたくさん詰まっていた。世界をリードする最強軍団でありながら、常に想像を超える技術・戦術を世界に見せつける。それがブラジルの強さなのだろう。

 試合後、表彰式で流れるブラジル国歌を聴きながら、4年後のことを思った。2020年の東京パラリンピックに、日本は開催国として出場が決まっている。今回、ベスト4にイランと中国が進出したことで、この競技におけるアジアのステイタスは一気に上がった。アジアという舞台は、強化のための最高の試金石になるわけだ。2017年、2019年のアジア選手権で決勝に進めるだけの力をつければ、パラ本番でのメダル獲得も見えてくる。

 その表彰式を、私はどこで見ているだろう。こんどは東陽町のスタジオではなく、ブラインドサッカー会場となるお台場の放送席にいるのかもしれない。マイクに向かって、日本の選手たちにどんな言葉をかけるのか。今はまったく想像がつかないけれど、そこで選手たちの努力をきちんとした言葉で評価してあげられるよう、今後も日本チームの成長ぶりを見守り続けたいと思う。

 最後に、スカパー!の放送でお世話になったスタッフのみなさんに御礼を。日本の出場しない競技を8試合も放送していただき、どうもありがとうございました。多くの視聴者が、ブラインドサッカーの面白さを知ったことと思います。これは、日本のブラインドサッカーの発展と代表チームの成長を強く後押ししてくれることでしょう。拙い解説ではありましたが、9日の開幕戦から本日まで、楽しく仕事をさせていただきました。今後もよろしくお願いします。

 

■大会終了後も試合は再放送される予定です。スカパー!の公式サイト等でご確認ください。

【最終順位】
金 ブラジル
銀 イラン
銅 アルゼンチン
4位 中国
5位 トルコ
6位 スペイン
7位 メキシコ
8位 モロッコ

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リオパラ2016ブラインドサッカー解説者日記

激戦が繰り広げられるリオパラリンピック2016・ブラインドサッカー。スカパー!の解説者を務める岡田仁志さんによる観戦記。時差12時間をものともせず、ブラインドサッカーの魅力をお伝えします。

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岡田仁志

昭和39(1964)年北海道旭川市生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。3年間の出版社勤務を経て、フリーライターに。深川峻太郎の筆名でもコラムやエッセイ等を執筆。著書に『闇の中の翼たち――ブラインドサッカー日本代表の苦闘』(幻冬舎)。

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