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さりげなく思いやりが伝わる大和言葉

2016.10.11 公開 ポスト

心の機微を伝える大和言葉上野誠

 大和言葉には、「せつない」「よろしく」「さすが」といった、現代の会話でもよく使われる言葉から、「にぎにぎしく」「ややもすれば」「ことほどさように」など、耳なじみのない言葉もあります。親しみのある言葉も、そうでない言葉も、その語源や用法を知り、正しく使うことができれば、発言に重みが出てきます。

 美しく繊細な大和言葉を学ぶことができると好評の『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』から、一部を抜粋してご紹介いたします。第3回のテーマは「心の機微を伝える言葉がある」です。

 * * *

 上(うわ)の空

  修学旅行の自由時間については、一つ一つ注意を与えていたのだが、生徒たちはすでに上の空だ。事故でも起こったら大騒ぎになるので、教師たちは気が気でない。

 

  読んで字のごとく、「上の空」は、空のうちでも上のほうということになりますが、現在では、この使い方をすることはまずありません。

  例文は修学旅行の自由時間に関して、です。修学旅行は基本的には団体行動ですから、自由行動ができる時間は限られていますが、自由行動について考えるのは生徒たちにとって嬉しいことです。このように、「上の空」は、心がウキウキしている時にしか使いません。試験に落ちた時も落ち着かないものでしょうが、「上の空」とはいいません。つまり、基本的には、心が躁(そう)の状態にある時に使う言葉なのです。

  そこから、「上の空」という語は軽薄であるとか、無責任であるとか、お調子者であるという意味で使われることが多くなりました。まとめて考えてみると、意識が遠くに離れてしまって、心ここにあらずという状態を「上の空」ということがわかります。

 

 * * *

 

 鼻白(はなじろ)む

  もともとサッカーファンの彼女は、彼が野球の話ばかりするのに、うんざりしていた。そのうえ、「サッカーには関心がない」と彼が言ったので、彼女が鼻白んだのは言うまでもない。

  

 例文では、彼とスポーツの趣味が合わないのみならず、一方的に自分の好きなスポーツについて話す彼にうんざりしているようですね。こういう状態が、鼻白むです。

  ところで、なぜ鼻なのか、なぜ白なのかまったくわかりません。白い顔色は不健康や不快を表すと思われますが、「鼻白む」には二つの意味があります。一つは決まりが悪い顔をすることです。バツが悪く気後れしてしまうことをいいます。もう一つの意味は、興ざめするとか、不愉快に思うことです。

  ただし、興ざめや不愉快といっても、それを憎むという感情とは違います。むしろ心がしらけてゆくのがわかるような時に使います。気乗りがしなくなって、その場から立ち去りたいと思うような感情です。一生懸命に応援したチームが敗退した時の気分、ライバルが自分より出世した時の気分も「鼻白む」といってよいでしょう。

 

* * *

 

 なごむ

  社長の訓辞は、けっして上品とはいえないが、聞いていると、どこかなごんでくるから不思議だ。人柄によるものなのだろうか。

 

「なごむ」とは、なごやかになることをいいます。つまり、気分が明るくなり、緊張がほぐれることです。

  緊張がほぐれるイメージは、「なごむ」という言葉を考えるうえで、重要なことがらです。緊張して固くなっていたものが、ほぐれて柔らかくなり、心があたたかくなっていく状態をいうからです。

  例文では、社長の訓辞は、ざっくばらんなものだったようです。しかし、その反面、聞いているほうの心がなごやかになり、明るくなったのでしょう。つい笑いが起こるような話しぶりだったのかもしれません。
 

  







次回は、「繊細で微妙な状況を表す言葉」、更新は14日(金)です。お楽しみに。 

関連書籍

上野誠『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉 常識として知っておきたい美しい日本語』

言葉は、それを使ってきた人の歴史を背負っています。 しかし日々言葉遣いが変化する現代において、もともとの日本の言葉=大和言葉のセンスを磨くことは簡単ではありません。 それぞれの状況にあった言葉を選んで、使いこなせるように常々心がけておくことを目指しましょう。 「常に新しい言葉を学ぼうとする人は、積極的な人生を歩むことができる!」 という万葉学者・上野誠による、大和言葉のセンスを磨くための、大人の学び直しの一冊です。

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さりげなく思いやりが伝わる大和言葉

大和言葉には、「せつない」「よろしく」「さすが」といった、現代の会話でもよく使われる言葉から、「にぎにぎしく」「ややもすれば」「ことほどさように」など、耳なじみのない言葉もあります。親しみのある言葉も、そうでない言葉も、その語源や用法を知り、正しく使うことができれば、発言に重みが出てきます。

美しく繊細な大和言葉を学ぶことができると好評の『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』から、一部を抜粋してご紹介いたします。

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上野誠

 1960年、福岡県生まれ。國學院大學大学院文学研究科博士課程後期単位取得満期退学。博士(文学)。現在、奈良大学文学部教授(国文学科)。国際日本文化研究センター研究部客員教授。万葉文化論を専攻。第12回日本民俗学会研究奨励賞、第15回上代文学会賞、第7回角川財団文学賞受賞。『万葉びとの宴』(講談社)、『日本人にとって聖なるものとは何か』(中央公論新社)など、著書多数。近年執筆したオペラや小説も好評を博している。

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