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さりげなく思いやりが伝わる大和言葉

2016.10.21 公開 ポスト

食事をよりおいしく、楽しむための大和言葉上野誠

 和言葉には、「せつない」「よろしく」「さすが」といった、現代の会話でもよく使われる言葉から、「にぎにぎしく」「ややもすれば」「ことほどさように」など、耳なじみのない言葉もあります。親しみのある言葉も、そうでない言葉も、その語源や用法を知り、正しく使うことができれば、発言に重みが出てきます。

 美しく繊細な大和言葉を学ぶことができると好評の『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』から、一部を抜粋してご紹介いたします。第6回のテーマは「食事をよりおいしく、楽しむために」です。

* * *

 お口よごし

  せっかく遠くから来ていただいたのに、こんな食事ではお口よごしにしかなりませんが、どうぞお召し上がりくださいませ。

  

 おいしくない食べ物、満足ゆくまで食べるほどの量もない食べ物が、「口よごし」です。これを丁寧に言うために「お」をつけているのです。

  しかし、まずい食べ物ならなんでも「お口よごし」かといえば、そうではありません。この言葉は例文のように、客に食べ物を出す主人の言葉です。主人は食べ物を出す場合、謙遜の言葉を添えるのを常とします。

  こういう言い方をする理由の一つは、客への敬意を表すためです。自分をおとしめることで、相手を高みに上げることができます。もう一つは客の好みに合わず、失敗した時のことを考えて、あらかじめハードルを下げておくためです。

* * *

 

  箸やすめ

  今日はおいしい漬物が手に入りましたので、箸やすめにお出しします。折々に召し上がってみてくださいね。

  

 同じものばかりを食べ続けていると、どんなにおいしいものでも、味に飽きてしまうことがありますね。そこで、目先を変え、さらに食が進むように、ちょっとしたおかずを添えることがあります。例文の場合、漬物を食べながら食事をしてくださいといっているわけです。そういうちょっとしたおかずが「箸やすめ」です。主に食べているものから、しばし箸を離して別のおかずに手をつけるので、一時、箸をやすめることになる。すなわち、主たるおかずについて、箸をやすめるということなのです。

  ところが、こんな使い方もあるので注意してください。料理人自身が、自分の作った料理をあまりにも簡単で、また、おいしくもありませんと謙遜して、「箸やすめにしかなりませんが、召し上がってみてください」と言うことがあります。言われたほうは、「いや、ごちそうじゃありませんか」と返すのが大人の礼儀です。

 * * *

 

 黒文字

  さすがに一流の料亭は違うね。同じ黒文字でもそれはもうみごとなものだった。

 

 クロモジは、クスノキ科の樹木の名前です。樹皮に黒い斑があるところから「黒文字」と呼ばれました。材は芳香があるため、楊枝がよく作られました。そこで、楊枝のことを「黒文字」と呼ぶのです。

「黒文字」とは「黒という字を書く」ということです。今日、「髪文字(かもじ)」という言葉があります。日本髪を結う際に髪のボリュームを出すためにつける小型の鬘(かつら)のことです。ウイッグといえばわかるでしょう。

 では、なぜこれを「髪文字」というのかというと、髪文字の「髪」の文字を使うからです。「黒」という文字を使えば、黒文字です。「髪」という文字を使えば髪文字となります。直接言わずに相手に悟らせる言い方で、一つの遊びです。 


『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』には、このほかにもさまざまなシチュエーションで役立つ美しい日本語がたくさん紹介されています。この続きはぜひ本書をお読みください。 

関連書籍

上野誠『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉 常識として知っておきたい美しい日本語』

言葉は、それを使ってきた人の歴史を背負っています。 しかし日々言葉遣いが変化する現代において、もともとの日本の言葉=大和言葉のセンスを磨くことは簡単ではありません。 それぞれの状況にあった言葉を選んで、使いこなせるように常々心がけておくことを目指しましょう。 「常に新しい言葉を学ぼうとする人は、積極的な人生を歩むことができる!」 という万葉学者・上野誠による、大和言葉のセンスを磨くための、大人の学び直しの一冊です。

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さりげなく思いやりが伝わる大和言葉

大和言葉には、「せつない」「よろしく」「さすが」といった、現代の会話でもよく使われる言葉から、「にぎにぎしく」「ややもすれば」「ことほどさように」など、耳なじみのない言葉もあります。親しみのある言葉も、そうでない言葉も、その語源や用法を知り、正しく使うことができれば、発言に重みが出てきます。

美しく繊細な大和言葉を学ぶことができると好評の『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』から、一部を抜粋してご紹介いたします。

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上野誠

 1960年、福岡県生まれ。國學院大學大学院文学研究科博士課程後期単位取得満期退学。博士(文学)。現在、奈良大学文学部教授(国文学科)。国際日本文化研究センター研究部客員教授。万葉文化論を専攻。第12回日本民俗学会研究奨励賞、第15回上代文学会賞、第7回角川財団文学賞受賞。『万葉びとの宴』(講談社)、『日本人にとって聖なるものとは何か』(中央公論新社)など、著書多数。近年執筆したオペラや小説も好評を博している。

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