和言葉には、「せつない」「よろしく」「さすが」といった、現代の会話でもよく使われる言葉から、「にぎにぎしく」「ややもすれば」「ことほどさように」など、耳なじみのない言葉もあります。親しみのある言葉も、そうでない言葉も、その語源や用法を知り、正しく使うことができれば、発言に重みが出てきます。
美しく繊細な大和言葉を学ぶことができると好評の『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』から、一部を抜粋してご紹介いたします。第6回のテーマは「食事をよりおいしく、楽しむために」です。
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お口よごし
せっかく遠くから来ていただいたのに、こんな食事ではお口よごしにしかなりませんが、どうぞお召し上がりくださいませ。
おいしくない食べ物、満足ゆくまで食べるほどの量もない食べ物が、「口よごし」です。これを丁寧に言うために「お」をつけているのです。
しかし、まずい食べ物ならなんでも「お口よごし」かといえば、そうではありません。この言葉は例文のように、客に食べ物を出す主人の言葉です。主人は食べ物を出す場合、謙遜の言葉を添えるのを常とします。
こういう言い方をする理由の一つは、客への敬意を表すためです。自分をおとしめることで、相手を高みに上げることができます。もう一つは客の好みに合わず、失敗した時のことを考えて、あらかじめハードルを下げておくためです。
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箸やすめ
今日はおいしい漬物が手に入りましたので、箸やすめにお出しします。折々に召し上がってみてくださいね。
同じものばかりを食べ続けていると、どんなにおいしいものでも、味に飽きてしまうことがありますね。そこで、目先を変え、さらに食が進むように、ちょっとしたおかずを添えることがあります。例文の場合、漬物を食べながら食事をしてくださいといっているわけです。そういうちょっとしたおかずが「箸やすめ」です。主に食べているものから、しばし箸を離して別のおかずに手をつけるので、一時、箸をやすめることになる。すなわち、主たるおかずについて、箸をやすめるということなのです。
ところが、こんな使い方もあるので注意してください。料理人自身が、自分の作った料理をあまりにも簡単で、また、おいしくもありませんと謙遜して、「箸やすめにしかなりませんが、召し上がってみてください」と言うことがあります。言われたほうは、「いや、ごちそうじゃありませんか」と返すのが大人の礼儀です。
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黒文字
さすがに一流の料亭は違うね。同じ黒文字でもそれはもうみごとなものだった。
クロモジは、クスノキ科の樹木の名前です。樹皮に黒い斑があるところから「黒文字」と呼ばれました。材は芳香があるため、楊枝がよく作られました。そこで、楊枝のことを「黒文字」と呼ぶのです。
「黒文字」とは「黒という字を書く」ということです。今日、「髪文字(かもじ)」という言葉があります。日本髪を結う際に髪のボリュームを出すためにつける小型の鬘(かつら)のことです。ウイッグといえばわかるでしょう。
では、なぜこれを「髪文字」というのかというと、髪文字の「髪」の文字を使うからです。「黒」という文字を使えば、黒文字です。「髪」という文字を使えば髪文字となります。直接言わずに相手に悟らせる言い方で、一つの遊びです。
『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』には、このほかにもさまざまなシチュエーションで役立つ美しい日本語がたくさん紹介されています。この続きはぜひ本書をお読みください。
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さりげなく思いやりが伝わる大和言葉
大和言葉には、「せつない」「よろしく」「さすが」といった、現代の会話でもよく使われる言葉から、「にぎにぎしく」「ややもすれば」「ことほどさように」など、耳なじみのない言葉もあります。親しみのある言葉も、そうでない言葉も、その語源や用法を知り、正しく使うことができれば、発言に重みが出てきます。
美しく繊細な大和言葉を学ぶことができると好評の『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』から、一部を抜粋してご紹介いたします。