10月7日(金)に創刊された書き下ろしミステリー電子書籍レーベル“幻冬舎plus+ミステリー”。そこで発売された7作品のプロローグを、毎日1作品ずつ無料公開いたします。6日目は福田和代氏人気シリーズ『ブラックホーク』のスピンオフ。刑事と犯罪者。その境界線にこそ真実が潜む。
書籍紹介
福田和代『特殊警備隊ブラックホーク 狙われた潜入捜査官』
通常価格200円(税別)期間限定価格100円(税別)
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警察には頼れない、訳ありの政治家や実業家などを顧客に抱えるVIP専門の警備会社・ブラックホーク。メンバーは、資格を剥奪されたプロボクサーや警察官、自衛官など一癖も二癖もある奴らばかり。今回の警備対象者は、サイバーセキュリティーの専門家であるルイス・マッケンジー。なぜ、彼は命を狙われているのか、警察に打ち明けられない秘密とは何なのか。不条理に立ち向かう男たちの姿を描いたミステリー。
プロローグ
端末をメッセンジャーバッグに放り込んで、目立たぬように席を立とうとすると、奥の白壁を背にした席から、デスクの太田が「おおい」と手を振った。
「なんだ、もう帰るのかよ、柳田ちゃん」
柳田未知は「へへ」と笑い、頭をかいた。これだから、社会部デスクの目は怖い。見てないようで、何ひとつ見逃さない。
「帰りませんよ。これから、ネタ元と会ってきます」
「なんだ、取材か。まさかお前、まだクーガなんか追いかけてるんじゃないだろうな」
じろりと睨まれる。一年三百六十五日、常に寝不足ぎみの太田は、いつ見ても真っ赤に充血した目をしている。今でも紙の新聞はわずかながら売られているが、彼らの主戦場はネットワークの動画と配信記事だ。視聴者と読者に飽きられないよう、ひんぱんにニュースの更新を行うため、責任者の負担は増すばかりだった。
柳田は、また曖昧に笑いにまぎらわせた。
「いやあ、クーガというか」
「例のエリート警官殺しなら、やめとけ」
いつもと変わらぬ涼しい表情でピシリと決めつけられ、柳田はメッセンジャーバッグをゆすって肩にしっかりかけ直すふりをしながら考え、体勢を立て直そうと試みた。
「しかし、警察庁の若手エリート刑事が、クーガの狙撃手に撃たれて死んだんですよ。数年経つのに犯人もまだ捕まらないし、警察の捜査は及び腰だ。おかしいでしょう」
クーガと名乗るテロリスト集団は、数年前から東京を中心に暴れまわっていた。半年前に、彼らは警備会社のブラックホークと死闘を演じた。ナンバー2と狙撃手が行方不明になったらしく、ここしばらく噂を聞かないが、すっかり姿を消したとは思えない。地下に潜っているのだ。
「いいから、やめとけ。大人の言うことを聞くんだな、坊や」
太田は引き出しからミントのガムを出し、口に放り込んだ。昨今の記者は、酒も煙草も、マージャンもやらない。代わりにみんな、何かしらの嗜好品を持っている。太田の場合はガムだった。昔の嗜好品は命を削ったが、今は削らなくていいものばかりだ。人間は賢くなり、ヤワになったと太田は自嘲する。
「その記事はな、万が一、お前に書けたとしても、載せられないんだ。無駄な努力はやめとけ」
「えっ──」
柳田は絶句して、応援を求めようと周囲の先輩記者たちを見回した。みんな、そ知らぬ顔で視線をそらし、わざとらしく立ち上がって逃げていく者すらいる。
「世の中には、知らないほうが幸せに生きられることもある。やめとけ、いいな」
「デスク──」
それきり太田はまた席につき、自分の端末に向かって作業を始めた。
──そんな馬鹿な話が、あるかよ。
にやにやしながら柳田はバッグをゆすり上げ、誰にともなくそのへんに頭を下げると、席には戻らず社会部の部屋を出た。
警察、クーガ、ブラックホーク。
彼らの間に、何かあるのは確かだ。自分はまだ記者になりたてのひよっこだが、これでも嗅覚には自信がある。太田にそれを言えば、「妄想だ」と片づけられる自信もあるが。
会社を出る前に、こぎたない薄手のコートを羽織った。今日は少々、治安のよくないエリアに立ち入るつもりだ。社屋を出て数分も歩けば、白いビルの壁にはスプレーの落書きが躍り、路地には小便の臭いが立ちこめる。貧困層の多く住むエリアに入ると、すれ違う人たちの顔つきが変わる。眉間の影が濃く、目は余裕がなく、唇の端には深い皺がきざまれている。外国人の比率も高く、聞こえてくる言葉は日本語とは限らない。彼らの中に飛び込んで、情報を得るのも仕事のうちだ。
──見てろよ。
コートの襟を立て、顎をうずめた。
──絶対に、真相を暴いてやる。書いてやるからな。
数年前のエリート警官殺しには、何か裏がある。でなければ、仲間の警官を殺されたのに、警察がいまだに犯人を捕まえることもできないなんておかしい。何か大切なことが、国民の目から隠されている。
デスクの太田や先輩記者たちは、何か掴んでいるくせに、あえて黙っているのだ。
柳田は肩を怒らせ、情報源と会う約束の店に向かって歩を進めた。だんだん街灯が少なくなり、暗い路地に入っていく。自分が迷子になった心地がする。
──それとも、迷子になっているのは、この国の司法、あるいはこの国のすべてなのか──。
体力と、逃げ足には自信がある。今のところ、それだけが頼りだった。
幻冬舎plus+編集部便り
幻冬舎発のオリジナル電子書籍レーベル。
電子書籍ならではのスピードと柔軟性を活かし、埋もれた名作の掘り起こしや、新しい表現者の発掘、分量に左右されないコンテンツのパッケージ化を行います。
これによって紙に代わる新たな表現の場と、出版社の新たなビジネスモデルとを創出します。
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