東京には、観光スポットとしても人気の浅草寺・増上寺といった大寺院から、地元の信仰を集め続ける霊験あらたかなお寺まで、大小さまざまなお寺があります。身近なところに意外な歴史を持つ古刹があったり、なんとなく通り過ぎていたお寺に有名人のお墓があったりと、街歩きの目的としても興味深い寺院が、じつはたくさん佇んでいるのです。
自然を残し、静かな時間が流れる境内は、都会の癒しスポット。都内39のお寺を紹介している『ぶらり東京・仏寺めぐり』を片手に、涼しい秋風を感じながらの仏寺めぐりはいかがでしょう。思わず訪れたくなる素敵なお寺を、全6回にわたってご紹介します。
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妙厳寺<豊川稲荷東京別院>
(みょうごんじ/曹洞宗)
神社のようで、実は寺院。
白狐に跨る「吒枳尼真天」を祀る
インドで生まれた仏教は、もともとインドにあった神々への信仰を排除することなく、仏教を守る護法神として取り入れることで庶民の間に広まっていった。東南アジアや東アジアでも、仏教は古来からの信仰と折り合いをつけながら浸透した。
日本でも廃仏毀釈[はいぶつきしゃく]などの歴史的な紆余曲折はあったものの、お寺と神社は共存し、多くの日本人は神道と仏教の両方を違和感なく受け入れている。
お寺と神社が入り混じった不思議な雰囲気が漂うのが豊川稲荷だ。稲荷という名前から「お稲荷さん」を祀った神社のような印象を受けるが、実は妙厳寺[みょうごんじ]という、れっきとした曹洞宗のお寺。愛知県豊川市に本山がある古刹である。今川義元、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康など、錚々たる武将たちの信仰を集めた。
インドの女夜叉、ダーキニーに由来
豊川稲荷が祀っているのは「吒枳尼真天[だきにしんてん]」という神様。もともとはインドの女夜叉[にょやしゃ]ダーキニーだ。人の死を察知し、死者の心臓を食べるという。インド仏教では、大黒天に調伏されて仏教の守護神とされた。これが日本に伝わり、稲穂に背負って白狐に跨る女神の姿で表わされるようになった。狐に乗っていることから、日本古来の稲荷信仰と結びつき、お寺でありながら「稲荷」と呼ばれるようになったという。
豊川稲荷東京別院は、江戸の名奉行・大岡越前守忠相[えちぜんのかみただすけ]が信仰していた吒枳尼真天の尊像を祀っている。明治二十(一八八七)年、赤坂一ツ木の大岡邸から現在の地に移され、豊川稲荷直轄の別院となった。国道二四六号線沿いにずらりと並ぶ赤い提灯が印象的だ。
「千本のぼり」が林立。境内は狐づくし
山門を入ると、まずはお寺らしい風景が広がる。しかし、よく見ると、堂々たる本殿の前で睨みをきかせるのは、太い尻尾を立てた二匹の狐である。
大岡越前の御廟の前を通り過ぎるあたりから様相は一変。奥の院に向かう参道には鳥居がそびえ、おびただしい数の紅白の「千本のぼり」がぎっしりと立ち並ぶ。多くの狐の像が奉納された霊狐塚[れいこづか]をはじめ、境内は吒枳尼真天ゆかりの狐づくしだ。
このほか、子宝祈願の「子宝観音菩薩」、金銀財宝を融通してくれる「融通稲荷」、苦しみを引き受ける「身がわり地蔵」、縁結びにご利益のある「愛染明王[あいぜんみょうおう]」、吒枳尼真天とゆかりの深い「招福利生[しょうふくりしょう]大黒尊天[だいこくそんてん]」などが揃い、あらゆる願いが叶いそう。この境内だけで七福神すべてに参拝することもできる。
都会の真ん中、深い緑に覆われた森の中で出会う狐たちは、神と仏の境を超えたパワーと癒しを授けてくれそうだ。
【お寺データ】
東京都港区元赤坂1-4-7
[山号]圓福山
[寺号]妙厳寺
[本尊]吒枳尼真天
【アクセス】
地下鉄銀座線・丸ノ内線 赤坂見附駅から徒歩7分