東京には、観光スポットとしても人気の浅草寺・増上寺といった大寺院から、地元の信仰を集め続ける霊験あらたかなお寺まで、大小さまざまなお寺があります。身近なところに意外な歴史を持つ古刹があったり、なんとなく通り過ぎていたお寺に有名人のお墓があったりと、街歩きの目的としても興味深い寺院が、じつはたくさん佇んでいるのです。
自然を残し、静かな時間が流れる境内は、都会の癒しスポット。都内39のお寺を紹介している『ぶらり東京・仏寺めぐり』を片手に、涼しい秋風を感じながらの仏寺めぐりはいかがでしょう。思わず訪れたくなる素敵なお寺を、全6回にわたってご紹介します。
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大円寺<大黒寺>
(だいえんじ/天台宗)
行人坂の途中に佇む古刹。
四季折々の表情を見せる五百羅漢たちに、
自らの姿を探す
目黒駅西口から目黒川へと下る「行人坂」。江戸時代から交通の要衝だった急坂の途中にあるのが大円寺だ。寛永年間、修験僧・大海法印が開いたと伝えられる。
大円寺の名が有名になったのは、明和九(一七七二)年に起きた大火の火元となってしまったから。この「行人坂火事」は振袖火事(一六五七年)・車町火事(一八〇六年)と並んで「江戸三大火事」のひとつに数えられる。
大円寺の境内に入るとすぐ左手に、石像がずらりと並ぶ。大火で亡くなった人々を供養するために刻まれた石仏たちだ。総数は五百二十体。釈迦三尊像(釈迦如来・文殊[もんじゅ]菩薩・普賢菩薩)を十大弟子・十六羅漢が囲み、背後に四百九十一体の羅漢たちが居並ぶ。大火の後、長い時間をかけて刻まれ、嘉永元(一八四八)年、大円寺が薩摩藩島津氏の菩提寺として再興された際、安置されたと伝えられる。
また、釈迦堂に祀られている木像の釈迦如来像は鎌倉初期の作といわれ、胎内に五臓六腑が納められている。
釈迦の教えを直接聞いた羅漢たち
そもそも羅漢とは「阿羅漢[あらかん]」を略したもので、サンスクリット語の「アルハン」(尊敬を受けるに値する聖者)に由来する。釈迦自身も羅漢のひとりである。
どんな人が羅漢なのかには諸説あるが、古代インドで釈迦の教えを直接聞いた弟子たちを指すことが多い。
中国仏教では、仏の教えを護持することを誓った十六人の高弟をとくに「十六羅漢」と呼んで崇敬の対象とした。「おびんづる様」として知られる賓頭盧尊者もその一員だ。釈迦の高弟「十大弟子」のうち、実子の羅睺羅だけが「十六羅漢」にもラインナップされている。
また、「五百羅漢」への信仰も中国仏教に由来する。仏教を開いた釈迦は、相手に合わせて口頭で教えを説いた。釈迦が亡くなった後、その教えを記録するために、お経の編集会議(結集)が開かれた。ここに集まった五百人の弟子を「五百羅漢」と称するという説などがある。
五百羅漢といえば「目黒のらかんさん」として親しまれる、同じ目黒の五百羅漢寺のほうがむしろ有名だ。近代的なビル仕立ての博物館のような快適な空間で、一体一体、間近でじっくり拝観できる。
一方、屋外で風雨にさらされている大円寺の羅漢たちは、素朴で小ぶりながら四季折々の表情を見せてくれる。五百羅漢の中には、自分に似た姿を必ず見出せると言われているので、ぜひ探してみてほしい。
【お寺データ】
東京都目黒区下目黒1-8-5
[山号]松林山
[寺号]大円寺
[本尊]釈迦如来
[国指定重要文化財]釈迦如来像など
[都指定有形文化財]大円寺石仏群
【アクセス】
JR山手線・東急目黒線・地下鉄南北線・都営三田線 目黒駅から徒歩5分