吉本ばななさんが、下北沢で出会った人やお店を通して見つけた、幸せな生き方とは。試練の時にこそ効く、19の癒しのエッセイ『下北沢について』。
担当編集者が本書の魅力を語ります。
吉本さんの事務所に伺った後、教えて頂いたお店に寄ることがある。「KAISO」のパンドミや「コフィアエクスリブリス」の浅煎り珈琲、「ティッチャイ」のソムタムや「茄子おやじ」のチキンカレー……。のっけから私事で恐縮だが、下北沢は食いしん坊にはたまらない街だと思う。
無論、下北沢の魅力はそれだけではない。本書を読むと、街の豊かさは生きている限り発見し続けることができるのだと気づかされる。読了後に踏み出す一歩が、心弾む冒険に思えてくる。
吉本さんと下北沢を結ぶのは、二つの強烈な記憶だ。一つ目は、若い人が未来を作るにぎわいを感じた、15歳の冬。〈商店街を楽しそうにゆっくり歩く父の姿が、受験の失敗を忘れさせてくれた〉。二つ目は、自宅に入っていくシーナ&ロケッツのシーナさんと鮎川さんを見かけた、20代前半。〈地元だったら噂になりそうな格好の夫婦が、下北沢の住宅街ではすっと馴染んでいた〉。
夢見る街には、時間や人目を気にせずいられる隙間があったという。読むと、忙しない心がやすらぐ吉本作品と、どこか似てはいないだろうか。
運命の街に住むことを決めた作家は、その地に居を構える画家・編集者・装幀家とタッグを組み、下北沢発の、下北沢でしか手に入らない小冊子を作った。それをまとめ、新たに書き下ろしを加えたのが本書だ。
「固定されたことによって、円そして縁ができていくことが何よりも嬉しい」と吉本さんは言う。息子と共に過ごせる時の短さにふと気づく、馴染みの日本茶喫茶。震災の時に救われた、近所の書店店主の状況判断。幾度も原作小説が映像化されながらも初めて「深いところで救われた」と思えた監督との出会い。そして信頼する画家との別れ──。円と縁から生まれた日常の様々な場面が、かけがえのない宝物のように感じられる。
吉本さんの目を通して見えてくるのは、街と人の懐の深さ。覚悟を決めて向き合ってみると、確かな手応えが返ってくるのだ。自分を信じ、人を信じて、一歩深く踏み出したくなる。人生という旅の灯となる一冊である。
(第四編集局 壷井円)
画家・大野舞さんよりひと言!!
それまで私にとって、住む街とは単に「家がある場所」というだけのものでした。しかし下北沢に暮らすうち、街とは生き物で、住むことはその細胞のひとつとして街そのものになることだと思うようになりました。いつでもお祭り騒ぎで、出会いも別れもめまぐるしくて、踏切や道路が交差して迷路みたいで、でも迷ってしまうことさえ何故か楽しい街、シモキタ。あの場所で過ごした奇跡のような時間は今でも私の宝物です。この物語に関われたことを心から幸せに思います。
(「小説幻冬」2016年11月号より)
担当編集者は知っている!!の記事をもっと読む
担当編集者は知っている!!
「どうしてこの本を書いたのか」を語る著者インタビューや、立ち読みページ、担当者が語る編集秘話等々。新刊のとっておきオモテ話・ウラ話をご紹介します。