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中山七転八倒対談

2016.11.25 公開 ポスト

新人作家の心得中山七里

作家の赤裸々日記「中山七転八倒」(ピクシブ文芸)が大好評の中山七里さん。2016年『神の値段』で「このミステリーがすごい!大賞」を受賞してデビューした一色さゆりさんをお迎えし、新刊解題から、肉体改造方法、新人作家の心得、書店における作品の位置付けまで縦横無尽にお話しいただきました。

 

●フィクションは5パーセント

中山 私が『作家刑事毒島』の主人公の毒島と同一人物ではないかという噂が立っているようですが、誤解です。しかし今日は私が毒島の特徴を真似てお答えをしようかなと思っております。

一色 お呼びいただきましてありがとうございます。新人なのにお呼びいただけて嬉しかったのですが、読むと怖くなるような内容で、なんで呼ばれたんだろう? と若干思ビビリながら座っております。私は出版業界の事を何も知らないので、書かれている内容がどれほどリアルなのかお聞かせください。奥付には本物はもっと滑稽で残酷ですと書いてありましたが……。

中山:読んでいただいた各社の担当編集者に聞くと、新人の時にまずする仕事の一つに下読みがあるらしいんです。そういう経験がみなさんございますから、これを読んだ時に、一話目の作家志望者の話を水飲み鳥のように首を振りながら読んでいたと聞きました。

他の業界の方が読んだらこんなことあるわけないと思われるかもしれませんけど、この話の中で登場人物たちが喋ったこと、起きた出来事、全てフィクションではありません。フィクションは人殺しが起こったというたったそれだけ。あとは全部真実そのものをまるーくまるーくして書きました。

新人賞の応募作品で傘連判状みたいなのとか、記号ばっかり書いてあるとか、フィギュアを作って送ってくるとか、全部本当なんです。フィギュアはライトノベルのある大きな賞、応募者が5000人から6000人くるところです。まだフィギュアを送るのはいい方で、中には、僕の小説がアニメになった時には声優さんはこの方をお願いしますという一覧表を送ってくる。まだそれでもいい方で、女性でビキニの写真を同封してくる方や一万円札を同封してくる方もいたそうです。僕、作品を書く時に取材しないのですが、中でもこの作品は楽だった。あること書いただけだもん。

感想の葉書を読むと、こんな衝撃的な内容だとは思いませんでしたとか、こんなことが出版業界であるわけないとか、いろいろあったんです。まさか幻冬舎が実名で出てくるとは思わず、しかも最後に●●だったとは……とか。でも、フィクションて5パーセントくらいしかないんです。これ全部本当の話なんです。

一色 なんとコメントしていいのやら……。

中山 なんで一色さんに今日お相手をお願いしたかというと、この人なら大丈夫だろうなというのがあったんです。あとは怖くて呼べないもの。誰を傷つけるかわからないから。日本全国で大きい賞と小さい賞を合わせると300くらいあるんです。一年に300人は新人が出ている計算ですが、5年経って何人残っているかというと数えるほどです。

私は2010年にデビューしたんですが、同時期に朝井リョウさん柚木麻子さん窪美澄さん樋口毅宏さんがデビューされているんです。ほとんど生き残っている。2011年はどうか。新人賞取るのってスタートラインにつくだけなんです。出場通知と一緒で、みんな走ってもいいよーというだけなんです。よーいドンをすると、一人は走り出す。ある人は背中にロケットブースター取り付けて飛び出す。ある人はスタートラインであぐらかいてコーチと観客に向けて文句言ってる。それは長続きしないですよ。さっきの話に戻りますと、これは95%本当です。というか、まあるくまあるくしています。

今日も僕の担当編集者が風邪だったでしょう、風邪ならまだいいんです。心を病む人も多いんです。編集者は真っ当な社会人でしょ。一流の大学を出て、競争倍率の高い出版社に入った人たちですよね。でも、物を書いている人間の九割はろくでなしだから、それはうまくいかないだろうなって話。編集者がこんなに頷いているっていうことは、そうだと思いますよ。今回このミスの応募者は449人でした。一次審査を通った人は21人です。その中に高校二年の女の子がいたんです。読んでみたら文章もキャラクター造形も上手で、書き慣れた高校生の作品だなと思ったんです。じゃあ、落ちた428人て何? 要は高校二年生の文章とかキャラクター造形よりも劣っていたということなんです。それは、無駄な努力。なのに毎回毎回同じこと書いてくる。それはおかしいよね、と思うんです。

 

●ゲラ直しの時間は3~5分

一色 ちょっと暗い話になってきたので違う話をしたいんですが、この作品とは別に中山さんは毎日日記を書かれているんですよね。一日4枚くらい、毎日書いていらっしゃるのを読ませていただいたのですが、それがすごく面白くって。日記って他人のために書くものじゃないのにすごくサービス精神が旺盛で、その話もよくよく考えると怖くて叫びだしたくなるんですが。でも面白く読めるっていうのは中山さんのサービス精神のなせる技なのかと思いました。その由来っていうのはどこから来ているんですか?

中山 日記を書き始めたのは今年の1月7日からなんです。この仕事を始めてから6年経ちました。記憶力は人並みにある方なんですが、6年経つとさすがに忘れがちになるじゃないですか。備忘録を書き始めたんだけど、今まで日記って書いたことなかったんです。書き始めると、結構楽。

今連載十本持っているんですが、執筆に飽きたら箸休めとして日記を書く。それから趣味で書いている原稿もあるので、それも書くんです。SFです。多分出しても売れないのがわかっているから、趣味で書いているんです。箸休めに書き始めた原稿なんですが、一日に必ず何かあるんです。今日は執筆だけで終わりかなと思っていると、新興宗教のお姉さんがドア叩いてくるし、ちょっと買い物に出かけただけなのに後ろで街宣車のお兄さんが話し始めるし。絶対何かあるから、書くことに困らないの。もっと言うと連載十本持っていると、ゲラ直しも含めて3日に一回誰かに会うということになるから、必ず何か起きると。

一色 そうですか。十本あるとそうなんですね。

中山 ゲラ直しにかかる時間は3~5分。あとの55分はずっと無駄話できるでしょ。もう楽で楽で。

一色 出版業界からお越しの方は今のお話がいかに異様なことかというのがよくお分かりかと思うのですが……。もしそうでない方は、これが異常なことだとお分かりいただきたいと思います(笑)。

中山 逆に言うと、なんでそんなにゲラ直しに時間がかかるのかよくわからないんです。

一色 それは間違いがあるからですよ。

中山 原稿の段階で間違いがないようにすればいいでしょう。

一色 はい……すみません。

中山 要は一回本になる前に本のレイアウトで組んだものを確認するんですね。一回目が初校、二回目が再校、三回目が三校と言うんですが、僕はゲラは初校で終わります。単行本だと、初校でだいたい30分、長いと3時間くらいかかって終わります。それで終わりだからすごく楽なんです。連載した作品だと連載中のゲラでも見ているし、今更手を加えたところでそんなに変わらない。

一色 ちなみに、連載は一回ずつゲラで確認して、単行本の時にまとめて確認するということですね?

中山 そうです。だいたい連載一回50枚だから、喫茶店で注文したコーヒーが来るまでに終わるんです。僕はずっとサラリーマンをやっていたので、営業の話の鉄則というのがあって、仕事の話は3分で終われ。あとの時間はだべろ。その無難な話の時に、相手の趣味嗜好だとか、考え方を知れというのが営業なんです。だってみんなそうでしょう、一時間時間があって、一時間ずっと仕事の話ししてたら嫌でしょう? そういう癖が付いているんです。

 

●中山七里五カ年計画

一色 中山さんとまだお会いした回数も少ないですが、前回お会いした時に、ものすごく早くいらっしゃっていてびっくりしました。どうしてそんなに早いんですか?ってお伺いしたら、社会人は早く行くものでしょ。と言われてすごくハッとさせられました。日記を読んでいても「働き方」みたいなのが書かれていてすごく面白かったです。

中山 それは当たり前なんです。デビューして自分が作家だと思って社会人としての常識を無くす人がいますよね。人を平気で待たせるし、出版社や読者は僕の作品を待っていてくれるって平気で思うもんね。待ってないよそんなの(笑)。読者は一年経ったら忘れます。そういうこと考えないのかな?

一色 毒島の話をお伺いしようと思っていたのに、日記の話ばっかりしてすみません。なんでだろう……。

中山 日記の方がえぐいもん(笑)。

一色 日記を読むと毒島さんが塗り替えられてしまったような感じもあります。デビューされた時に、中山七里五カ年計画を立てて自分がしなきゃいけないことを箇条書きにしていたと。中山さんでも、そういうことをされるんだ!と新鮮でうれしかったんですけど。その内容は冊数の目標と何社で連載を持てるようになるっていう目標と様々なジャンルで書けるようになるというものだったと思うんですが、実現されてきたんだなというのが。

中山 それまで読者の立場だったから、せっかくデビューしたのに消えていく人をあまりにも多く見すぎたんですよ。残る人はどうなのかな?と思ったら、残る人というのは、連載をいくつも持つとか本を何冊も出すとか結果を残しているんです。だから同じことをすればいいのかなと思ったんです。

一色 そうですよね、『さよならドビュッシー』『連続殺人鬼 カエル男』『作家刑事毒島』と様々なものを書き分けられていますよね。「毒島」では死ぬ人と殺す人と容疑者と殺し方とかがバリエーション豊かで、ミステリーはバリエーションだと思ったんです。

中山 登場人物が変人ばかりなので、そちらに目が行く方が多いと思うんですけど、実を言うと一話目は不可能犯罪、二話目はアリバイトリック、三話目はダイイングメッセージ、四話目はフーダニット。だからミステリーの定石を抑えているんです。登場人物が派手すぎるからみんなあまりそっち読んでくれないんだけど(笑)。

一色 最初読んだ時はなんじゃこりゃ! みたいな感じでバーッと読んでしまったんですが、よく読んでみると網羅されている感じがしました。私もミステリの勉強中なのですごく面白かったです。

中山 リクエストがひどかったのよ。「僕を主人公にしろ」。僕を主人公にしたって面白いわけないから、手元にあった他のプロットを出したら「いえ、私は違うのが欲しいんです」っていうから、まあしょうがないと思って毒島のプロットをすぐ書いて朝の10時に出したんです。昼の1時に電話がかかってきて「企画会議通りました」って。三時間で決まったんです。

考えたのは、出版業界ってよそ様から見たらちょっと変な業界なんです。それはどんな業界でも一緒で、その業界の常識は世間の非常識なんです。だから変な業界で主人公にするにはどうしたらいいか? と思ったんです。そこに熱血漢を投入すると『小説王』になるんです。ちょっと線の細いなよなよ~っとした人を投入すると『小説の神様』になるんですね。でも多分幻冬舎さんはそういうのを望んでいない。だったら、変な業界を圧倒するようなもっと変な人を主人公にしてやろう。と毒島を作ったのですが、読む人読む人「これあんたのことでしょ?」と。「違うよ!」って。

一色 カバーのイラストも中山さんに似てませんか?

中山 茂刈恵さんという方が書いてくださったんですが、茂刈さんは僕の写真を見ないで作品を読んだイメージで書かれたそうなんです。

一色 本当にすごいですよね。ちょうどこのアングルだと中山さんのお顔とカバーがそっくりに見えるんですが(笑)。

 

●情報管理部部長・中山七里

中山 確かに、僕が書いたので少しは投影されているかもしれませんが、本当に毒島みたいなやつだったら抹殺されますよ。変な読者っているでしょ。図書館で本を借りただけで読書メーターに書き込む人、ストーカー、実在します。特にストーカーの話は、筒井康隆さん。あの方が一度ならずあっているんです。知らないうちに敷地内に私はあなたの奥さんですという人が立っていたり。今はこういう情報社会だから、ツイッターあげるだけでその人がいる場所がわかっちゃいます。僕だってわかりますよ。前に柚月裕子さんが山形から東京に書店訪問で来られていたんですが、書店さんがツイッターで柚月さん来られましたとアップするでしょ。それを追って行けば待ち伏せできるんです。待っていたら柚月さんいらっしゃいましたからね。

一色 本当に怖いですね。悪いことをしたら仏様じゃなくて中山さんが見てるみたいな(笑)。中山さんの情報収集能力は本当にすごいです。

中山 だって暇だもん。一日だいたい25枚書いて、一冊本を読んで、一本映画見て、知り合いのツイッターを全て見て、中にはツイッターを削除する人がいるからそれを印刷しています。今も5年間35人分のファイルが事務所に並んでいます。連載14本までできるというのはやってみてわかったんです。今10本だから暇で暇で……。だからそういうストーカーみたいな事やっちゃうんです。高校二年生が一次通過のメールをもらった時に、嬉しくなって担当編集者のアドレス入りのメールをSNSにアップしちゃったのね。それを見てて危ないなと思ったんだけど、数時間後に2ちゃんねるに載って拡散し始めちゃったの。だから担当者に教えてあげたりした事もあります。

一色 出版社の一部門・情報管理部の中山さんて感じですね(笑)。

中山 出版社の新人賞って一次通過したり二次通過したら名前とかストーリーとか全部公開されるでしょ。それも全部取ってあるもの。あ、この人こないだこの賞通過したな。とか、あそこで使った原稿今回も使ったなとか全部わかっちゃうから。それを担当者が知らなかったりするからね。一言で言うと、趣味。

一色 それは作家になる前からされてたんですか?

中山 作家になってから。だってどんな新人が出てくるか興味あるじゃない。次はこいつが俺の仕事を奪うかもしれない……。

一色 えー!怖いです!なんでわたしここにいるんだろう(笑)。

中山 はっきり言います。デビューしてしまった人は応援します。でもデビューする前だったら、どんな人かっていうのは注意します。書いてる人変な人ばっかだもん。胸にためて吐き出したいっていう人が小説書くわけでしょ、胸にためてることってたいてい悪いことばっかり。

自分に近しい人が作家になりたいって言ったら、全力で阻止します。商売敵になる前の問題で、こんなにしんどい商売ない。この本が売れなかったら出版社に迷惑がかかるとか思ったらすごいプレッシャーでしょ。なおかつ書き続けなきゃいけないし、どんな批判も甘んじて受けなきゃいけないし、書いたものは取り消せないから訴えられたら事情を聞かなきゃいけないし法廷にも立たなきゃいけないし、責任があるわけじゃないですか。

もう一つは、公人になってしまうでしょ。仮に交通事故を起こしたら新聞に載ってしまうかもしれない。僕言われたんです。デビューした時に出版社のある人から、絶対新聞沙汰にはならないでくださいって言われたんです。世間を騒がすようなことは、小説以外ではしないでねって。

一色 小説ならいいと、なるほど。でも中山さんそれだけの連載数でありながら、日記も趣味の小説も書いていらして、いつ寝ていらっしゃるのかと思うんです。

 

●20分に1枚原稿用紙を書く

中山 最近小説を書いていて、楽しくないんです。だってもう日常になっちゃったから。呼吸するのと一緒になっちゃったから。呼吸するのって面白くないでしょ? だから逆に言うと、書かないと禁断症状が出ちゃう。

一色 1日に何時間くらい書かれているんですか?

中山 25枚といっても50歳過ぎると集中力なくなるから、書いている純粋な時間は7~8時間かな。

一色 えっ!

中山 20分に1枚くらいかな。

一色 へぇ~!

中山 それでもいろんなことやってるから、本当は25枚以上書けるはずなんですけど。トイレも1日1回ですから。トイレに行く時間があったら原稿書いてた方がいいんだもん。

一色 それ体へのご負担とかないんですか?

中山 そういう体にしたんです。会社員だった時代二足の草鞋だったんですけど、睡眠時間を削って書かないととても書けないから、トイレは一回で済むように体を変えたんです。

一色 そうですか~。

中山 人間変われるから!

一色 そこ変わっていいのかっていう疑問もありますけど(笑)。

中山 量産するためには今までの生活を変えないとできるわけないもん。もっと言うと、新人の時に量産しないでいつするの?って話なんですよ。

一色 ……はい。

中山 潰れる新人って分かってるの。書かない。書かないと潰れるの当たり前だもん。で、もっと言うと、残っていく人っていうのは、小説が書きたくて書きたくてしょうがない人だけが残ってくの。要は手段と目的の違いで、小説を書くために作家になった人が多いんです。ところが作家になるために小説を書く人はまず潰れる。だって作家になった途端にモチベーションないもん。やがて消える。すごく簡単でしょ?

一色 中山さんに言われると簡単に聞こえるんですが、そこにはきっといろいろな事情があるのだと……。

中山 あとは、小説を書くのが当たり前にならないといけないんですよ。だってそれが日常になって仕事って成立するわけじゃないですか。新人で潰れるのがもう一つあって、物書きだけじゃなくて、書店さんでも大工さんでもお寿司屋さんでもみんな一緒。なった時に熱く語る奴は絶対潰れる。なんでかっていうと、熱く語る人は自分の確固とした理想があるわけでしょ。現実との落差に耐えられなくなっちゃうの。優秀な新人というのは、淡々と仕事するんだこれが。だって仕事するたびに燃えてたら続かないよ。情熱はいいんだけれど、人に言う時間があったら原稿書けって。それをこの6年ずっと見てると、そうしない人が多いんだ。これが。

一色 しようと思ってもできないということもあるのでは?

中山 それはね、やる気がないだけ。なった途端に、変えなきゃ。小説家になったら、長編をかける筋肉、短編をかける筋肉、ショートショートをかける筋肉、全部違うんですよ。全部仕事をしたら覚えていく。新人のうちはいろいろなところで仕事をしろっていうのはそういうことなんです。物書きだけじゃなくて、新人のうちにローテーションでいろんな仕事をさせるのは、筋肉をつけるためにそういうことをさせてるんです。物書きっていうのは一人で自己完結しちゃう人がいるから、そういう風に考えない人もいるみたいなんですが。

一色 物書きも他の仕事と同じということですよね。

中山 クライアントから仕事もらって、物を作って出して、お金貰うわけでしょ、一緒だもん。自分は偉いものを作ってるとか、芸術的なものを作ってると思うから考えが曲がるんであって、普通に仕事をもらって、100%の期待をされているんだったら120%にして返すっていうのが普通の仕事でしょ。仕事だと思ったら体だって変わるじゃない。

一色 えっ!? 体は変わらないんじゃないですか(笑)。

中山 出版社の人って夜中でも会社にいるじゃないですか。メールくるのだって日付が変わってからですよ。そういう人たちは、そういう仕事に体を順応させたんです。向こうが仕事でそういう体質に変えてるんだったらこっちだって変えなきゃ嘘でしょって話。自分の書いたものが他の人に読んでいただける商売になったわけでしょ?だったら、がんばりましょうってことなんです。せっかく難関を通って新入社員になったんだったら長いこと勤めようって話なんですよ。例えば一色さんなら、一色さんが受賞した時400人近く落ちてるわけでしょ。一色さんがビッグになって活躍しなかったらその400人に申し訳ないってことなんです。もしね、仮に、万が一、一年で消えちゃったら、俺あんな奴に負けたのかって話になっちゃうんです。だからそのことを考えたら頑張らなきゃうそだって話。

一色 頑張ります。

中山 ありがとうございます。

 

●書店の平台は自分への通知簿

一色 6年間のご著書を全て拝読して、最近の『どこかでベートーヴェン』がとても面白かったです。作品を量産していると内容が薄くなるっていう話も聞くんですが、中山さんは逆にパワーアップされている気がするんです。

中山 それは当たり前ですよ。デビューした時は素人だもん。新人賞は素人の中で一番いいものを書けばいいんです。ところが、新人賞は紛れ当たりでもなれるけど、デビューしたら、あなたの敵は東野圭吾だ。

一色 恐ろしい。隣に置かれちゃったりするんですもんね。

中山 このミス大賞って平台に載るでしょ? だいたいその時期東野さんとか宮部みゆきさんが新作出されるから、一緒に並んでるの。怖いですよー。このミスでデビューした時、当時勤務地だった大手町の紀伊国屋に嬉しいなって見に行ったんです。自分の本が平台に並んでるかなって。そうしたら、東野さんと宮部さんに挟まれてるんです。この恐怖。ゾッとしたもん。それから本屋に行くのが怖くて怖くて。本屋さんてシビアで、売れる本を必ず店頭のいい場所に置くの。で、売れない本は必ず本屋さんの奥の方に消えていくの。自分という物書きの存在が、書店にとってどんな位置付けかが本を見ればわかるんです。本屋さんに行くたびに自分の通知簿を見せられているような気持ちになります。

一色 こないだ六本木の書店に行ったら『作家刑事毒島』も『ヒポクラテスの誓い』もお誕生日席に置いてありましたよ。

中山 本屋にはうつむきながらこそっと行くんです。怖いもん本当に。ある作家さんが書店訪問したんです。書店訪問する前に電話してあるから、こういうフェアを作りましたとか言って、作家が来た時には作品がいいところに置いてあるんですよ。でも、帰ってから20分以内に撤去してた。それをずっと見てたから、怖いな怖いなと思って。書店に行っても隅っこで人の流れや客層をじっと見てるの。自分の気にしてる作家さんの本がどういう風に売れていくか。例えば、積んである本の上から3冊目か5冊目くらいのところに、わからないように印をつけておくの。一週間後にまた来るのね。それで印を見て、ああそうか一週間にこれだけ売れたかとメモするの。だってせっかく書店さんに行くんだから調べないと。

一色 情報管理部ですね。

中山 紀伊国屋書店の実売部数を見ていると、重版がかかった時最初に本が並ぶ店舗も見えてくるから、行って刷り数を確認したりします。

一色 そうなんですね。

中山 なぜこの本が売れてるのかっていう分析のためです。この本のこういうところが共感を得たんだな、とか、こういう流れなんだなっていうのが着実にあるんですよ。残酷なこと言いますと、売れるものには理由があるんです。売れないものには理由がないんです。本当にこの商売して一番嫌なのは、今までは書店さんが天国だったんです。だけど、最近行くの怖いんだ。だから、いつも平台に乗せてもらえるように考えて二ヶ月おきに出そうかなと思ったの。

一色 ちなみに中山さんはどのくらい先まで刊行予定が決まっているんですか?

中山 2020年までに、一年に6冊ほど出るんですよ。二ヶ月おきだと、大きな書店さんだと2冊一緒に並べてくれるんです。そうするといつも平台に中山七里っていう名前が出るから、それはまあ宣伝としてはいいかなと。これが仮に一年に1冊だったら、そんな効果出るわけないんだから。だからやっぱりたくさん書くっていうのは悪いことはないような気がします。もちろん違う意見の方もいるでしょうが、僕みたいな才能のない人間は、もう名前出すしかしょうがないんですよ。

一色 ちなみに、二ヶ月に一回、奇数月に出される理由があるんですよね?

中山 偶数月はいろいろな出版社がフェアをやる時だから、そういう時に出したって敵が多い。強敵いる中に飛び込んだって、怪我するだけだもん。勝てる試合をしましょう。

一色 わかりました。

 

●書き続けるための肉体改造

中山 一色さんはそんなに気にしなくていいですよ。若くていらっしゃるから。僕今度55歳なんですけど、集中力なくなるんだこれが。原稿書いてても、すぐ他の原稿にいっちゃうからね。

一色 むしろそれがすごいんではないかと(笑)。

中山 前だったらね、何もしなくてもずっと起きていられたのに、最近ではやっぱりちょっと眠気が襲ってくることがあったりするの。会社員の時、夜中原稿書いてて眠くなるでしょ。そうするとどうしたかというと、足の裏にコンパスの針を刺してそれで起きてたの。翌朝会社に行く途中、靴の中からぐじゃぐじゃと音がするんですよ。見てみたら靴が血だらけだった。その時にもう48歳だったから。

やっとそれからですよ、エナジードリンク・レッドブルが出てきて。一日3本飲みましたもん。ところが最近レッドブルが効かなくなってきて。なぜかというとレッドブルを飲みすぎるとあれは肝臓に負担を与えるんです。肝臓に負担を与えると、その負担を和らげようとして人間寝ようとするんです。レッドブルを飲むと眠たくなってくるようになってしまった。だから今やってるのは、レッドブルとメガシャキとモンスターの三種混合。

一色 いつか死んでしまいそうですけど、大丈夫ですか?

中山 大丈夫。レッドブルから表彰してほしい。箱ごと買ってるんです。

一色 中山さんの世代ってちょうどそんな感じなんですか?

中山 僕らの世代は日本中がしゃかりきに働いていた世代なんですよ。それこそ24時間戦えますかっていうリゲインのCMを堂々とやってた時代。時任三郎が牛若丸の格好して、「24時間戦えますか。リゲイン、リゲイン」って歌ってたの。当時、早く消灯する銀行は仕事をしてないっていう風に思われてました。大阪の銀行は三つあったんです。大和銀行、三和銀行、住友銀行。明かりの消える順番が決まってた。大和銀行、三和銀行、そして最後までズーーーッと明かりがついてたのが住友銀行。ちゃんとその順番に潰れたからね。その頃は、どこの会社もそうですけど、残業当たり前、日にちが変わるのも当たり前。今僕の世代はみんな仕事する人ばっかりだもん。海堂尊さんとか。この年代は息をするように仕事するから。出版社も一緒で、どんな本を出しても売れた時代だったから、上司が平気で部下に平気で起きてろとか言えたんです。今言ったらパワハラになっちゃう。真似しないでね。

一色 しないです(笑)。できないから。

中山 この年ってむやみやたらに体力あるのよ。だから物書きになってもある程度無理がきくんです。でも最近ちょっと無理かな。さすがに疲れてきた。エナジードリンクの種類が少なすぎるんだ。もっとよこせ(笑)。

 

※この対談は、『作家刑事毒島』刊行を記念し8月25日(木)に池袋三省堂書店で行われたものです。

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中山七里

1961年岐阜県生まれ。『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2010年にデビュー。他い『おやすみラフマニノフ』『いつまでもショパン』『どこかでベートーヴェン』『連続殺人鬼カエル男』(以下、宝島社)、『贖罪の奏鳴曲』『追憶の夜想曲』『恩讐の鎮魂曲』(以上、講談社)、『魔女は甦る』『ヒートアップ』(ともに幻冬舎)など著書多数。

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