「あれ? いま何をしにここに来たんだっけ?」
「あの同僚の名前……顔は思い浮かぶのに名前が出てこない」
「最近、デパートの駐車場でどこに車を停めたかすぐ忘れてしまう」
……よくありがちなこういった「もの忘れ」。働き盛りの30代、40代の人にも心当たりがある方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。
じつはこの「もの忘れ」は、放置しているとうつ病や認知症へとつながっていく、危険を知らせる大事なサインなのです。
これまで10万人以上の脳を診断し、「もの忘れ外来」を開院されている奥村歩先生の新刊『脳の老化を99%遅らせる方法』では、この「もの忘れ」の意外なカラクリと、すぐに実践できる対処法がわかりやすく解説されています。
本連載では、そのエッセンスを「試し読み」の形でお届けします。
前回に続き、「つながりのいい脳をつくるために必要な"5つの処方箋"」について、詳しくご説明をしていきたいと思います。
具体的にどんなことを生活習慣として取り入れるとよいかについても、いくつかご紹介しますので、参考になさってみてください。
処方箋 4
ITばかりに頼らずに、いろいろなやり方で情報にアクセスする
現代人には”脳の同じ部分ばかりを使っている人”が増えているような気がします。
脳の同じ部分を使っているということは、情報のインプットやアウトプットの仕方がワンパターンになっているということ。だから、脳の同じ部分の回路しか使われなくなるわけです。
そして、こういうふうに脳をパターン的に使う人が増えてきたのには、私はITの普及が大きく影響していると考えているのです。
たとえば、みなさんは、次のような心当たりがありませんか?
「調べ物が必要なら、パパッとネットで検索すればいい」
「外食のときは、いつもグルメサイトで店を検索して予約する」
「ほしい本があったら、すぐにネット書店で購入する」
いかがでしょう。みなさんもこういう”ITに頼った行動パターン”をとることが増えているのではないでしょうか。すなわち、情報に対していつもこういった”お決まりのアクセスの仕方”をしていると、だんだん脳の同じ回路しか使われなくなってしまうわけです。
また、このようにいつも同じパターンで情報にアクセスしていると、脳への刺激も限定されてしまう恐れがあるのです。
たとえば調べ物なら、ネット検索だけでなく、図書館に行って調べたり、その分野がくわしい人に話を聞いたりといった選択肢もあるわけです。グルメサイトで予約をせずに、勘や嗅覚を頼りに店を探せば、自分好みの素敵な店に巡り会えるかもしれません。また、ネット書店を利用せずに街の本屋さんへ行けば、自分が探していた本以上に素晴らしい本と出会えるかもしれません。
このように、いつもITにばかり依存していると、多様な刺激を得られるせっかくの機会を失ってしまうことになるのです。
ここでお断りしておきますが、私はITを全面的に否定しているわけではありません。
むしろ、便利な機能はどんどん使っていくほうがいいと思っています。ただ、ここで言いたいのは、”これだけ”に依存してしまってはいけないということ。ITに頼る以外にもたくさんのやり方や選択肢があるのですから、「脳を幅広く刺激するためにも、たまには意識的に別のやり方をしたほうがいいですよ」と言いたいのです。
道は決してひとつではありません。いろいろな道を辿っていろいろなやり方で情報にアクセスする姿勢が、脳に多様な刺激を与え、多様な回路を増やして、アクセスのいい道路網をつくることへとつながっていくのです。
処方箋 4 のニューロビクス
“いつものやり方”を変えて、あえて少し遠回りしてみよう
※『ニューロビクス』とは、アメリカの研究者がつくった造語。ニューロン(脳神経細胞)とエアロビクスを足してつくった言葉で、脳を鍛える健康習慣を指しています。
常にITばかりに頼っていると、いつの間にか脳をなまらせてしまうこともあります。だから、たまには”いつものやり方”を変えてみるほうがいいのです。ここでは、いろいろなアクセスの仕方をして脳を刺激するニューロビクスをご紹介しましょう。
●”検索”する前に3秒だけ考えてみる
「あの『ダーティ・ハリー』という映画に出ていた俳優……最近は監督もやっているあの人の名前、なんだったっけ?」という疑問が浮かんだときに、スマホでネット検索すればすぐ答えがわかります。でも、そんなとき、3秒だけ時間を使って自分の頭で考えてみてはどうでしょう。3秒考えてみて、「そうだ! クリント・イーストウッドだ!」とわかればそれでよし。3秒考えても出てこなければ、あきらめて検索をすればよし――。そんなちょっとした習慣が、脳の”思い出す力”や”答えに辿り着く力”をなまらせないことにつながるのではないでしょうか。もちろん、急いでいないときだけで構いません。とにかく、検索する前に3秒だけ自分の頭を使うように習慣づけていくのです。
ほんの小さな意識づけのようなものですが、これだけスマホでネット検索をする機会が増えた現在では、”チリツモ効果”でけっこう大きな違いが出ることになるはず。もしかしたら、ほんの3秒の習慣が、ゆくゆくみなさんの脳力維持に大きなプラスとなるかもしれないのです。
●”リアルの質感”を大切にする
普段からITに依存していると、どうしてもディスプレイ上で情報をやり取りすることが多くなります。現代の日本ではたいていのことはわざわざ外に出て人と会ったり話したりしなくとも、スマホやパソコンのディスプレイ上の情報のやり取りで済んでしまうというわけですね。
ただ、こうした生活は、脳にとってはあまり健康的だとは言えません。なぜなら、ディスプレイ上でやり取りされる情報のほとんどは視覚情報。視覚刺激ばかりが突出して多く、他の刺激が少ないという生活を長く続けていると、脳が疲れやすくなりますし、脳回路のバランスにも偏りが生じやすくなるのです。
ですから、「ディスプレイ上の情報のやり取りに頼りすぎている」という自覚がある人は、できるだけ外に出て、実際に人に会ったり話したりするべき。仕事にしても、たまには取引先に出向いて話をするほうがいいし、買い物にしても、たまにはスーパーや商店街に足を運んで、旬の食材を見て回ったりお店の人と話をしたりするほうがいいのです。
そうやって”リアル”の人や物に触れていけば、ディスプレイ上では感じることのできない「嗅覚」「聴覚」「触覚」などの五感が刺激されます。ぜひ、日常生活の中で、こうした”リアルの質感”を大切にするようにしてください。
●”いつもと違う道”を通り、”いつもと違うやり方”を試してみる
脳は”いつもと同じパターン”にはすぐに慣れてしまいます。いつもと同じことをいつもと同じようにやっているだけでは、なかなか脳回路を成長させることができないのです。
ですから、わたしたちは日々の生活の中でできるだけワンパターンを脱却していかなくてはなりません。自分のいつものやり方を大きく変えるのはけっこうたいへんなことなのですが、いつもの通い慣れた道をちょっと変えてみるとか、いつもの挨拶の仕方を少し変えてみるとか、いつもの仕事の手順を試しに変えてみるなど、そういう小さいところから変えていくのでも十分です。とにかく、「道は決してひとつではなく、いろいろな行き方ややり方があるんだ」ということを、常に頭の隅にとどめておくようにしましょう。
●あえて迷子になってみる
最近は初めての場所に行っても道に迷うことが少なくなりました。スマホがあればすぐに現地のくわしい地図を呼び出せますし、目的地に到着するまでの最短のアクセスや所要時間なども確認できます。すべて至れり尽くせりで、まるで迷う余地がなくなってしまったようです。
でも、そういう時代だからこそ、たまには”あえて迷子になってみる”のもいいのではないでしょうか。つまり、初めて訪れた場所で、気が向いたほうに足を向けてあえて迷子になり、その街をさまよっている状況を楽しむのです。見知らぬ街を歩きながら、街の風景を楽しんだり、何か気になるものを見つけたり、「さて、どうやって帰ろう」と考えたりするのは、きっと脳にとって新鮮な刺激となるはず。
時間があるときには、この”迷子ニューロビクス”にトライしてみてはどうでしょうか。
●家事はあえてひと手間かけてみる
料理、掃除、洗濯、買い物などの家事は、日常的なニューロビクスのようなもの。
料理は手順や仕上がりをイメージしながら作業するとかなり頭を使いますし、嗅覚や味覚などの五感もさかんに刺激されます。掃除、洗濯、買い物だって、限られた時間の中で効率よく体を動かして作業を済ませようとすると、けっこう頭を使うものです。
ところが、最近は多くの家事がボタンひとつ、クリックひとつで済むようになりつつあります。もちろん、家事の負担が軽くなるのはよろこばしいことなのですが、このように何でもボタンひとつ、クリックひとつで済むようになると、脳への刺激はかなり減ってしまうことになります。
ですから、たまには”あえてひと手間かけて”家事を行なうようにするといいのです。たとえば、掃除はほうきと塵ちり取とりでやる。料理は下準備からすべて手づくりでやってみる。買い物は品ぞろえのいい遠くのスーパーまで行ってみる……。このように”ひと手間かかる方法”をとると、いちいち段取りや効率を考えて手足を動かさざるを得ず、脳の広い範囲が刺激されるのです。あくまで”たまには”でけっこうですので、ぜひトライしてみてください。
次回は「脳にいい運動・食事・睡眠」のニューロビクスをご紹介します。更新は12月26日です。お楽しみに。