「あれ? いま何をしにここに来たんだっけ?」
「あの同僚の名前……顔は思い浮かぶのに名前が出てこない」
「最近、デパートの駐車場でどこに車を停めたかすぐ忘れてしまう」
……よくありがちなこういった「もの忘れ」。働き盛りの30代、40代の人にも心当たりがある方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。
じつはこの「もの忘れ」は、放置しているとうつ病や認知症へとつながっていく、危険を知らせる大事なサインなのです。
これまで10万人以上の脳を診断し、「もの忘れ外来」を開院されている奥村歩先生の新刊『脳の老化を99%遅らせる方法』では、この「もの忘れ」の意外なカラクリと、すぐに実践できる対処法がわかりやすく解説されています。
本連載では、そのエッセンスを「試し読み」の形でお届けします。
前回に続き、「つながりのいい脳をつくるために必要な"5つの処方箋"」について、詳しくご説明をしていきたいと思います。
具体的にどんなことを生活習慣として取り入れるとよいかについても、いくつかご紹介しますので、参考になさってみてください。
処方箋 5
日々の生活習慣を整える
近年、認知症の発症に生活習慣病が大きく影響していることがわかってきました。
みなさんもよくご存じのように、生活習慣病は一朝一夕に起こるわけではなく、長年にわたる”悪い生活習慣”の積み重ねで少しずつ進行していくもの。ですから、将来、認知症になるのを回避するには、若いうちから生活習慣病を予防しなくてはなりません。
なお、数多くの生活習慣病の中でも、脳を老化させないためにとくに予防に注意を払うべきなのが、『糖尿病』『高血圧』『脂質異常症』『脳卒中』の4つの疾患です。
この中でも糖尿病は脳老化への影響が非常に大きく、「糖尿病の人はアルツハイマー型認知症になるリスクが糖尿病でない人に比べて2倍以上になる」という調査結果も報告されています。
さらに、この4つの疾患は、いずれも脳血管を障害することにつながります。
つまり、人間が脳の機能を保つには、絶対に脳血管を弱らせてしまってはダメなのです。
ちなみにみなさんは、あらゆる動物の中で、脳卒中になるのは人間だけだということをご存じでしたか?
人類の祖先はおよそ700万年前にアフリカで誕生したわけですが、その当時のヒトの脳重量はチンパンジーと同じ500グラム程度でした。ただ、その後の数百万年の間に人類は飛躍的な進化を遂げ、脳重量をおよそ3~4倍にまで増やして多くの文明をつくり出すようになりました。
つまり、人類は、とんでもないスピードで劇的に巨大化した脳に血液を供給するための血管を、かなりの突貫工事でつくらざるを得なかったのです。これにより、わたしたち人間は、脳に運ばれる莫大な血液量に比して、相対的にもろい脳血管を持つという宿命を抱えてしまいました。だから、サルや犬は脳卒中を起こさず、脳血管のもろい人間だけが脳卒中を起こすようになったのです。
ですから、わたしたちは、若いうちから脳血管を弱らせないように、日々、食事、運動、睡眠などの生活習慣をしっかり整えて、”脳血管を弱らせる病気”にならないように注意しなくてはなりません。そうすることによって末永く脳の機能を健康に保ち、”脳血管がもろい”という宿命を跳ね返していかなくてはならないのです。
処方箋 5 のニューロビクス
“脳にいい食事””脳にいい運動””脳にいい睡眠”を習慣づけよう
※『ニューロビクス』とは、アメリカの研究者がつくった造語。ニューロン(脳神経細胞)とエアロビクスを足してつくった言葉で、脳を鍛える健康習慣を指しています。
脳を老化させないために生活習慣病の予防が欠かせません。では、いったいどんな点に気をつければいいのか。ここでは、食事、運動、睡眠など、脳を健康に保つためのニューロビクスについて取り上げていきます。
●運動は脳を成長させる”肥料”だと心得る
脳を鍛えるためにもっとも有効なニューロビクスは、”適度な運動”なのかもしれません。そう言っても差し支えないほど、近年、「運動は脳に好影響を与える」という研究報告が増えてきているのです。
たとえば、運動をして筋肉を動かすと、脳内で『BDNF(Brain Derived Neurotrophic Factor /脳由来神経栄養因子)』という物質が分泌されることがわかっています。この『BDNF』は、わかりやすく言えば、神経細胞の”肥料”となる物質です。すなわち、運動をしてこの”脳の肥料”が増えてくると、脳細胞の勢いが増して回路を成長させやすくなるということ。だから、脳回路を成長させるためには、せっせと体を動かして”肥料”を与えるべきだというわけです。
適度な運動は、体の健康をキープするだけでなく、脳の健康をキープするためにも不可欠な習慣なのです。
●やっぱりウォーキングは脳に効く!
脳のコンディションを良好に保つには、ウォーキング、ジョギング、水泳などの有酸素運動を習慣にするのがおすすめ。そして、有酸素運動の中でも、もっとも気軽に取り組めてひときわ高い健康効果をもたらしてくれるのがウォーキングです。
ウォーキングのように一定のリズムを刻みながら体を動かす運動には、脳のセロトニン分泌を促進する働きがあります。セロトニン不足がうつ病を招くことは広く知られていますが、普段からウォーキングでセロトニンの分泌を高めていれば、脳の状態を安定させてうつ病のリスクを低下させることにつながるわけです。
また、ウォーキングは、うつ病だけでなく認知症予防にも効果があるとされています。
さらに、動脈硬化予防、高血圧予防、心肺機能アップ、肥満予防、血流アップといった健康効果も期待でき、脳血管を健康に保つのにも頼もしい働きをしてくれます。
このように、さまざまな効果をもたらしてくれるウォーキングを、ニューロビクスとして導入しない手はありません。ウォーキングは、週3回、1回30分程度のペースで続けるのがベスト。より効果を引き出すには、息が切れない程度の早歩きで、少し汗ばむくらいを目安にするといいとされています。
なお、先述のように、ウォーキング中には、デフォルトモード・ネットワークも稼働しやすくなります。”歩く”というシンプルな運動を続けていると、大脳の意識的活動が沈静化して”ぼんやり機能”が台頭してくるのです。ですから、ウォーキングを習慣にしていれば、デフォルトモード・ネットワークを太くして、脳回路のつながりを向上させることもできるでしょう。
ぜひ、日々歩くことによって脳に刺激を送り、脳の老化を防ぐようにしましょう。
●”ココナッツオイル”にも”イチョウ葉エキス”にも頼らなくていい
脳を健康にするのに、特別な食事は必要ありません。1日3食、いつも決まった時間に、栄養バランスのとれた食事を摂る。量は食べすぎないように”腹八分目”に抑えておく。なるべく間食はしない。こうした”基本”さえ守れていれば、それで十分です。
ココナッツオイルもイチョウ葉エキスも必要なし。それよりも先に述べた”基本”を徹底することのほうがずっと大事です。
●ぐっすり寝て脳をしっかりメンテナンスする
脳の機能をいつまでも維持したいのなら、睡眠は絶対におろそかにしてはいけません。そもそも、夜間の睡眠中の脳内では、疲労物質を代謝したり脳細胞を修復したりといったさまざまなメンテナンス作業が行なわれています。しかも、最近の研究では、認知症の原因物質となるアミロイドβを除去する作業が、寝ている間に進められていることもわかっています。
ですから、睡眠が不十分だと、こういったメンテナンス作業が終わらないまま、整備不良の見切り発車状態で1日をスタートしなくてはならなくなるのです。そういう日が何日も続けば、脳に疲労などの悪影響がたまっていくのは目に見えていますよね。
毎日ぐっすり快眠を習慣にして、脳の力を十分に発揮していきましょう。
●昼寝には認知症を予防する効果が認められている
脳機能を末永く維持していくには”短時間の昼寝”を習慣的に取り入れるのもおすすめです。
さらに、昼寝はビジネスシーンにおいても、”脳の疲れを短時間でリフレッシュさせるメソッド”として注目されるようになってきています。
ただ、昼寝の時間は”30分以内”が原則。それ以上寝てしまうと、夜の睡眠に影響することもあります。昼寝での”寝すぎ”を防ぐには、コーヒーを飲んでから昼寝をするといいでしょう。そうすれば、ちょうど20~30分後にカフェインが効いてきて、すっと起きられるようになるはずです。
さあみなさん、「5つの処方箋」を軸にして、日々よりよく脳を使っていきましょう。そして、いくつになっても脳が健やかに成長するいい流れをつくっていきましょう。
『脳の老化を99%遅らせる方法』の試し読みは今回が最終回です。
本書には、ここでご紹介したことのほかにも、脳によい習慣がたくさん紹介されています。この続きは、ぜひ書籍でお楽しみください。