あなたの周りに、タバコのポイ捨てを注意するような人はいますか。
売れ行き好調な『絶対正義』(秋吉里香子・著)のヒロインは、些細な違反や罪を見つけ次第、家族でも、親友でもすぐに警察に差し出す新種のモンスター女です。異常すぎる正義感の持ち主と仲良くしてしまった、アラフォー女性たちの怖すぎる物語を3回に分けて徹底解剖! 第2回は、作品に絶対保証の太鼓判を押す、藤田香織さんの書評をご紹介!
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「絶対」という言葉には、微妙な胡散臭さがつきまとう。
「絶対ヒミツにするね」「絶対忘れないよ」「絶対幸せにするから」。今までの人生において「絶対」が頭についた言葉は、なにひとつ「絶対」じゃなかった。
ところが、本書で描かれる「正義」は、確かで、頼もしく、どこまでも揺るぎがない。「絶対」を冠するにとことん相応しいのだ。
でも、それでも。「絶対正義」という四文字には、やはり不穏な臭いがする。素晴らしく嫌らしい、実に絶妙なタイトルだ。
大筋を説明しよう。主な登場人物となるのは、高校時代の同級生で、現在はアラフォーとなった四人の女たちである。独身のままノンフィクション作家として活動している和樹。シングルマザーとして小学四年生と六年生の息子を育てている由美子。アメリカ人の夫と起ち上げたインターナショナル・スクールを軌道に乗せた理穂。中堅どころの演技派女優としてのポジションをキープしている麗香。それぞれに立場は異なれど、平穏な日々を過ごす彼女たちのもとに、ある日一通の封書が届く。
洒落た薄紫色の紙にパールの光沢。結婚式の招待状と見間違うほど美しい封筒。裏の封蝋に押されたNのイニシャル。差出人の名は高規範子。薄紫のりんどうの花が好きだった、和樹たち四人が五年前に殺した友人からの手紙だった。
早々に、語り手となる和樹たちが、かつての友人・範子を殺害したことが明かされ、その死者からの招待状が届いたことをきっかけに、高校時代から殺害に至るまでの時間を遡っていく。
高規範子は、和樹たちが出会った高校一年生の時から、既に「正義の人」だった。農林水産省に勤務する父親の転勤に伴い、和樹らの地元山梨県に越してきた範子は、髪型や服装も地味で、礼儀正しく、成績は学年トップ。その上、正義感に溢れていた。臆することなく痴漢を撃退し、泥棒騒ぎがあれば真相を追及してみせる。友人であろうと教師であろうと不正は決して許さない。幾度となく窮地を救われた四人はそんな範子に感謝し、仲間であることを誇りに思っていた。……一時期は。
範子はいつも正しい。何も間違っていない。でも、だけど……。抱き続けていた微かな違和感は、高校卒業十五周年の同窓会で再会し、定期的に食事会を開き、顔を合わせる機会が増えたことで強まっていった。挙げ句、四人は範子を死に至らしめるのだが、その過程で「正義」とは何なのか、四人と同時に読者もまた、考え込まずにはいられなくなる。
「正義の味方」が殺されるには、どんな理由があったのか。確実に殺したはずの範子からの招待状には、どんな謎が秘められているのか。恐らく、読者によって本書の「怖さ」は異なるが、だからこそ面白い。正義の「魔力」に震えてください。
藤田香織
1968年三重県生まれ。書評家。著書に『だらしな日記』シリーズ、杉江松恋との共著『東海道でしょう!』(共に幻冬舎文庫)、『ホンのお楽しみ』(講談社文庫)などがある。
『絶対正義』の特集は、小説幻冬12月号に掲載しています。
第2回は、1月日26日(木)公開予定です。次回は、作品の裏側を明かす、著者・秋吉理香子さんのインタビューをお届けします。