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仕事なんか生きがいにするな

2017.03.09 公開 ポスト

第三回

「本当は何をしたいのか分からない」という病泉谷閑示(精神科医)

電通の過労死自殺をきっかけに、日本の長時間労働がいよいよ問題になっています。とはいえ、働くことこそ生きること、なんでもいいから仕事を探せという風潮は根強く、息苦しさを感じ続けている人も多いのではないでしょうか。本書『仕事なんか生きがいにするな ~生きる意味を再び考える』は、仕事中心の人生から脱し、新たな生きがいを見つけるヒントが詰まった1冊です。

「何がしたいのかわからない」という悩み ~「楽になりたい」というささやかな夢~

 最近様々なメディアで、若い世代の人たちの「何をしたいのかわからない」「特にやりたいこともない」といった発言を耳にします。さらには、小・中学生に将来の夢を尋ねても、中には「楽になりたい」「楽に暮らせればそれでいい」といったものもあるようです。実際、私がクライアントから受ける相談においても、やはりそういった悩みがとても増えてきていることは、間違いありません。

 彼らは共通して、「そもそも何が好きで何が嫌いなのか、あまり考えたこともない」と語り、幼少期から親が一方的に用意した習い事や「お受験」に埋め尽くされて、自身の「好き/嫌い」を表明することもできないまま、受動的に育ってきた歴史を持っています。

 にもかかわらず、いざ進路や職業を選択する時期になってから、周囲から唐突に「何がしたいのか?」「将来のヴィジョンは?」と尋ねられたとしても、彼らには何も浮かぶものはなく、ただただ困惑してしまうのも当然の成り行きでしょう。

 人間は、まず「好き/嫌い」を表明することから、自我の表現を始めるものです。ただし「好き/嫌い」といっても、初めから「好き」が出てくるわけではなくて、「嫌い」、つまり「ノー」を表明することから始まるようになっているのです。

 ですから、二~三歳頃の幼児に見られる「イヤイヤ期」というものは、人間の自我の初めての表明なのです。この時期の「イヤイヤ」は、「食べなさい」と言っても「イヤ!」と言い、「じゃあ食べなくていい」と言っても「イヤ!」と言うようなものなので、親の側からすれば実に困った天邪鬼なものに思えます。しかし、これにはきちんとした主張があって、それは、「私に指図しないで!」ということです。

 自我というものの自然な表明は、まずはこのように他者からの独立性を確保しなければ、始められません。たとえ相手が自分の養育者であるとしても、自分がその植民地状態にあったのでは、決して自由な意思の表明などできない。そこで、「ノー」という反抗を行うことによって、自分というフィールドを確保する独立運動を行っているわけです。

 これが人間の自我の基本をなしています。「何がしたい」とか「何が好き」「将来こうなりたい」といった意思表明は、その後でやっと可能になってくる。そういう順番です。

 しかし、「あなたのためよ」という名目の下、親の価値観に縛られて「ノー」を許されない状況で生き抜かなければならない子供たちは、主体性を放棄する以外に生き延びる道がありません。つまり、こうして大切な自我の基本であるはずの「好き/嫌い」というものが封印されてしまうことになります。

 このように、自我の芽を摘まれて育ってきた彼らにとっては、精一杯のささやかな希望が「もうこれ以上何かを強制されたくない」という願い、つまり「せめて面倒なことは最小限にして、少しでも楽な人生を送りたい」という形になるのは、必然の結果なのです。
 

 

「自分がない」という困惑 ~現代の「うつ」の根本病理~

 親や社会から求められることを受動的に遂行して、人生の意味など考えることもなく、ただ日々をこなして生きていくことは、生きている実感には乏しくとも、ある程度までは可能かもしれません。しかし、人間らしさの中核として私たちの中にある「心」は、いつまでもそれを許したり、我慢を続けてくれるわけではありません。

個人差はあるものの、その人の「我慢」のタンクが一杯になった時、「心」は分かち難くつながっている「身体」と協働して、何がしかのシグナルを発してきます。食欲がなくなる、いろいろな物事に興味が持てなくなる、妙に怒りっぽくなる、睡眠が取りにくくなる、仕事で凡ミスが増える、等々。

 それでも本人がこのシグナルを無視して過ごしてしまうと、「心=身体」側は、いよいよストライキを決行します。ある日突然、朝起きられなくなったり、会社(もしくは学校)に行けなくなったりする。これが、うつ状態の始まりです。

「うつ病」と呼ばれるものは、近年、診断基準の項目に照らし合わせて行うマニュアル診断が主流になったために、一口に「うつ」といっても、ある程度以上「うつ状態」さえ生じていればその内実は問われないため、そこには様々な病態が含まれます。

 このようなマニュアル診断が行われるようになる前に、元来「うつ病」と呼ばれていたもの(俗に「古典的うつ病」と呼ばれる)は、しっかりした薬物療法や入院治療が不可欠であるような重症な病態を指していましたが、近年の「うつ病」は、そんなわけで、必ずしも症状やその要因も一様ではありません。

 中でも俗に「新型うつ」と呼ばれることの多い病態は、就労や就学には支障が出るけれども、それ以外のことでは問題なく動けることもあり得るので、周囲の人間だけでなく治療者から、あたかも仮病であるかのような不当な扱いを受けることも珍しくありません。

 しかし、これは完全に誤った見方であって、丁寧にクライアントの訴える内容を伺っていくと、そこには「古典的うつ病」とはずいぶん違う性質の苦悩と病理が存在していることがわかってきます。

 

関連書籍

泉谷閑示『仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える』

働くことこそ生きること、何でもいいから仕事を探せという風潮が根強い。しかし、それでは人生は充実しないばかりか、長時間労働で心身ともに蝕まれてしまうだけだ。しかも近年「生きる意味が感じられない」と悩む人が増えている。結局、仕事で幸せになれる人は少数なのだ。では、私たちはどう生きればよいのか。ヒントは、心のおもむくままに日常を遊ぶことにあった――。独自の精神療法で数多くの患者を導いてきた精神科医が、仕事中心の人生から脱し、新しい生きがいを見つける道しるべを示した希望の一冊。

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仕事なんか生きがいにするな

電通の過労死事件をきっかけに、日本の長時間労働がいよいよ問題になっています。しかし、働くことこそ生きること、何でもいいから仕事を探せという風潮はいまだに根強く、心を殺して働いている人も多いのではないでしょうか。人間にとって仕事とは何なのか。どうすれば幸せを感じて生きることができるのか。改めて考えたい人にお勧めなのが本書『仕事なんか生きがいにするな』です。
会社、お金、出世、生活の「ために」生きるのをやめる!そのためのヒントが満載です。

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泉谷閑示 精神科医

1962年秋田県生まれ。精神科医、作曲家。東北大学医学部卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院、(財)神経研究所附属晴和病院等に勤務したのち渡仏、パリ・エコールノルマル音楽院に留学。帰国後、新宿サザンスクエアクリニック院長等を経て、現在、精神療法専門の泉谷クリニック(東京・広尾)院長。著書に『「普通がいい」という病』『反教育論』『仕事なんか生きがいにするな』『あなたの人生が変わる対話術』『本物の思考力を磨くための音楽学』などがある。

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