電通の過労死自殺をきっかけに、日本の長時間労働がいよいよ問題になっています。とはいえ、働くことこそ生きること、なんでもいいから仕事を探せという風潮は根強く、息苦しさを感じ続けている人も多いのではないでしょうか。本書『仕事なんか生きがいにするな ~生きる意味を再び考える』は、仕事中心の人生から脱し、新たな生きがいを見つけるヒントが詰まった1冊です。
「役に立つこと」「わかりやすいこと」「面白いこと」への傾斜
先ほど触れた、精神医療における認知行動療法の台頭なども、目に見えて「すぐに役に立つこと」を至上の価値と考えてしまう、現代の病理が象徴的に表れたものだと言えると思います。
世の中のテンポがせわしいものになり、私たちはついつい「役に立つか立たないか」を性急に求めて、近視眼的に、目に見えてすぐ役立つものに傾倒してしまいます。それは例えば、大企業のCEO(最高経営責任者)などが、その限られた在任期間中に、長期的にはマイナスな方法であっても、短期的に増収が見込める経営をしてしまうことに似ています。
もちろん企業経営でもそれは困った問題なのですが、人間というものに対してインスタントな変化や成果を求めることは、なおのこと大きな問題を生み出してしまいます。
もし人間存在が、あたかも生産マシーンのように捉えられ、その成果によってのみ価値付けられてしまうのだとしたら、人間の精神は奥行きのないものになり、魂の抜けたロボットのごとき存在に成り下がってしまうことでしょう。そのように精神が皮相化されてしまうとすれば、人は「主体性」を持つことができず、「意味」を問う余裕すらなく、日々デューティに追われ、人並みの人生を追いかけることにのみ汲々とするようになるでしょう。
そんな中でも子供たちは、その曇りのない感性で、親や教師をはじめとする大人たちが、空虚な生を送っていることを敏感に感じ取っています。大人たちから「将来のために」という大義名分で勉学やお稽古事などをするよう求められたとしても、「それをやったところで、結局はあんな人生を送ることになるのか」と心の底では幻滅を感じてしまっているので、説得力はありません。
また、現代の市場経済の中で「すぐに役に立つこと」とは、すなわち「売れること」に直結してしまっています。そして「売れること」を追求するとなれば、「わかりやすい」「簡単」「役に立つ」「面白い」といったアピールポイントが求められることになるでしょう。需給バランスによって価値が決定される市場経済において、これはどうにも避け難いことです。
しかしその結果、本来は奥行きのある「質」を追求すべきものまでが、離乳食化したり、陳腐化するような事態があちらこちらではびこっているのは、大きな問題ではないかと思います。
例えば、テレビをつければ、地上波はお笑い芸人が束になって出演するバラエティ番組が激増し、その内容も、じっくり企画されたものよりは芸人たちの反射神経的な即興に委ねたものが多く、BS放送はと言えば、放送枠を持て余しているかのごとく、健康関連商品や便利グッズを割安で販売するテレビショッピングなどで埋め尽くされています。これらの現象からも、時間をかけた丁寧な企画を練り上げにくくなっている制作側の事情が、透けて見えるように感じられます。
書店に行っても、並んでいるのは「簡単」「わかりやすい」を売りにした種々のハウツー本か、エキセントリックなタイトルだけれど内容の希薄な本がほとんどになってしまいました。これも、発売後の短期間にいかにたくさん売れるかが勝負とされる「単行本の週刊誌化」が著しい実情によるものでしょう。いずれにしても、視聴率や販売部数をインスタントに追い求めた結果生じた現象です。
しかし、このような「質」の低下の問題について制作側の人たちに問いかけてみても、返ってくる反応は大概、「どんなキッカケでもいいから、まずは観てもらえなければ始まらない」「まずは書店で手に取ってもらえなければ始まらない」といった類のものです。
もちろん、そういった要素を無視できない事情があることは理解できますが、市場経済の性質におもねって不本意な妥協を強いられるうちに、送り手側は当初の志をどこかに置き忘れてしまい、「方便の自己目的化」という深い罠にはまってしまったのではないかと思われるのです。
このようなメディアの離乳食化・陳腐化は、親しみやすくすることで文化的啓蒙を行っているという一定の意義はあるものの、一方において、奥行きのある良質なものを探し求めている人々には、深い幻滅を感じさせてしまっていることもまた確かです。今日のテレビ離れや本離れといった現象の背景に、このような「質」的問題が潜んでいることを見落としてはならないでしょう。
しかし送り手側はしばしば、この現象からあべこべな結論を引き出して、逆方向にアクセルを踏んでしまっているようにも見受けられます。つまり、「わかりやすさ」「面白さ」「親しみやすさ」がまだまだ足りないのではないかと思い込み、さらに内容が希薄なものを量産してしまうという悪循環に陥ってしまっているのです。
それでも最近になって、バラエティ番組などの枠組みの中にも、「教養」的要素が少しずつ取り入れられたり、学問的好奇心に応えようとする番組も登場し始めました。そして、見応えのある番組が放送されるや否や、それに関連した書籍がよく売れたりすることもあり、これも、人々がこれまでいかに「質」に飢えていたかを表している現象だと思います。
つまり「質」への飢えは、もはやごく一部の内省的な人たちだけが感じるような限定的な問題ではなく、私たち全体が感じるレベルにまで来ているのではないかと思うのです。
仕事なんか生きがいにするな
電通の過労死事件をきっかけに、日本の長時間労働がいよいよ問題になっています。しかし、働くことこそ生きること、何でもいいから仕事を探せという風潮はいまだに根強く、心を殺して働いている人も多いのではないでしょうか。人間にとって仕事とは何なのか。どうすれば幸せを感じて生きることができるのか。改めて考えたい人にお勧めなのが本書『仕事なんか生きがいにするな』です。
会社、お金、出世、生活の「ために」生きるのをやめる!そのためのヒントが満載です。