『物件探偵』乾くるみ
新潮社/本体1400円+税
個人にとってもっとも金額の張る取引といえば、土地家屋など不動産をめぐる売買・賃貸契約だろう。ずっと実家住まいを続けられるならいざ知らず、進学や就職をきっかけに、新たな住まいを見つけることが必要になる方は多数いる。彼らがやがて結婚や子どもの誕生によって、より広いところへ引っ越したり、建売住宅やマンションを購入する決断を下したりすることもあるだろう。
だがその決断や判断に誤りがあれば、人生の歯車が狂ってしまうことにもなりかねない。本書には、誰もが遭遇するかもしれない、不動産物件にまつわる不可思議なケーススタディが登場する。
ベージをめくると各作品の前に図面付きの物件情報が掲載されているのが目をひく。
その図面に記された「表面利回り」の高さが魅力で、中古マンションを購入した実直なサラリーマンの思惑が、購入後ほんの数ヶ月で住人が退去してしまったことで外れてしまうのが「田町9分1DKの謎」。自分が住んでいるアパートが売りに出ていることを知った女性教師は、空室が一部屋あるという「現況」に疑問を抱き、さらに自分の部屋にある物が動かされていることにも気づくのが「小岩20分一棟売りアパートの謎」。大学が移転してきて活気づく町でアパートを経営する老婦人が、不動産屋から空室の賃料値上げを打診されたとたん、退去者が続いていく現象に見舞われる「北千住3分1Kアパートの謎」。前入居者が残したままの荷物処分を条件に、相場より安く部屋を購入した定年退職者の男性が、契約締結後に部屋に入ったところ、荷物がすべて片づけられていたという事態に見舞われる「表参道5分1Kの謎」など、六編が収録されている。
クリスティーが創造したクィン氏のように突然登場して、それらの謎をたちどころに解決するのがその名前ゆえに十五歳で宅建の資格を取ったという不動尊子(たかこ)である。尊子は部屋が発するさまざまな感情を読み取り、そこから取引の裏に隠された「真意」へと達するのである。コンゲーム小説のような面白さも味わえる、前代未聞の不動産ミステリーをお見逃し無きように。
(「小説幻冬」2017年4月号より)
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