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不寛容という病 バッシングが止まない日本

2017.05.04 公開 ポスト

「生活保護なめんな」の背景にあるもの(前編)

生活保護の受給は、どこからが「不正」?岩波明(精神科医)

精神疾患によって生活保護を必要とする人がいる。
こうした「受給者」に対する日本人の視線は、たびたび「不寛容さ」によって攻撃的になる。
実際、生活保護の不正受給の背景には、「もらえるものは何でももらっておこう」という誤った権利意識を持つ人がいることは無視できないが、それがすべてではない。
病気を抱えた人を日々診断している精神科医だからこそ見える、生活保護の現実とは?
幻冬舎新書『他人を非難してばかりいる人たち バッシング・いじめ・ネット私刑』が評判の精神科医・岩波明氏が、日本人の不寛容さを語る。
   *  *  *

“誤った権利意識”により、休職を継続し、
期限ギリギリまで生活保護の支給を受けるケースが後を断たない。

 これまでも長年にわたって、“生活保護というシステム自体”に対する批判、“福祉行政のあり方”に対する批判は絶えなかった。この二つは、方向性が逆のものである。前者は「生活保護のシステムそのものが不公正である」という批判であり、後者は「弱者の保護のために、行政はもっと真摯に対応すべきである」という論調であった。
 数年前、ある人気芸人の母親が生活保護を受給していることが判明したとき、なぜ高収入の息子が経済的に援助しないのかと厳しいバッシングが生じたことは記憶に新しい。一方で、生活保護を打ち切りにされた結果、食べ物を買う金もなく餓死したなどという衝撃的なニュースが報道されることもたびたびみられ、このようなケースにおいては、行政側が厳しくバッシングされてきた。
 行政の問題として、平成29年4月12日の産経新聞ニュースは、次の記事を伝えている。

【生活保護廃止された翌日に自殺 東京立川市の40代男性 弁護士「因果関係強い」】
 生活保護の廃止決定処分を受けた東京都立川市の40代男性が処分翌日に自殺したとして、弁護士らが11日、小池百合子都知事あてに、原因究明と再発防止を求める文書を提出した。遺書は見つかっていないが、弁護士の宇都宮健児氏は「生活保護の廃止と自殺との因果関係は極めて強いと判断できる」と指摘。一方、立川市は「保護の廃止決定は適切に行っている」としている。

 一方、詐欺罪に相当すると考えられる生活保護の不正受給は少なからず存在しているが、その実際の数はあまり明確にはなっていない(総数の0.5%程度というデータもあれば、それよりもはるかに多いという指摘もみられている)。
 不正受給の一方で、生活保護を受給すべき人が、制度の対象となっていないケースもかなり多い。これは行政の窓口における対応の問題である一方、知的障害などのため、制度そのものの利用の仕方を理解していない例も少なくない。
 もう一点、留意しておく必要があるのは、生活保護を受ける側の意識の変化である。これは徐々に生じたものであるが、かつての時代においては、生活保護を含めた公的な援助を受けることについて、「恥である」「潔くない」と受け入れないという人が少なからず存在していた。
 ところが今世紀になり、このような姿勢とは対照的に、「もらえるものは何でももらってやろう」という風潮が、若年者を中心に強くなっている。たとえばうつ病などよる病気休職の場合、傷病手当金を支給されることがある。
 この制度では、基本給の2/3を最長1年半にわたり受給が可能であるが、元の疾患が改善し仕事ができる状態になっても、自分の「権利」だと主張して休職を継続し、期限ギリギリまで支給を受けるケースが後を断たない。生活保護の不正受給は、こういった“誤った権利意識”が強くなっているという流れの中で考える必要がある。


タレントの親族の“不適切な生活保護受給”のニュースは、
2方向へ波及した?

 平成24年に女性セブンは、ある人気タレントの母親が生活保護を受給していることについて、次のように伝えた。(女性セブン2012年4月26日号)

 レギュラー、準レギュラー合わせて約10本のテレビ、ラジオに出演するだけでなく、役者としてドラマや映画などにも出演する人気お笑いコンビのA。誰もが知ってる売れっ子芸人の母親が生活保護を受給していたことが明らかになった。
・・・・・・だがAは、母親とのエピソードをネタとして番組で話すなど、絶縁している様子は一切うかがえない。それどころか、Aは飲み会の席で親しい後輩や友人にこんなことを語っていたという。
「いま、オカンが生活保護を受けていて、役所から“息子さんが力を貸してくれませんか?”って連絡があるんだけど、そんなん絶対聞いたらアカン! タダでもらえるんなら、もろうとけばいいんや!」

 当初、この記事で問題とされたタレントは匿名であったが、間もなく吉本興業に所属するタレント(お笑いコンビ「次長課長」河本準一)であることが判明した。その後、彼は、ネット住民に加えて、何人かの政治家からも厳しい糾弾を受けることとなった。次に示すのは世耕弘成議員のブログである。

 高額の収入を得ているお笑いタレントの親族が複数年にわたって生活保護を受けていたことが一部週刊誌で報道された件が問題となっている。ネット等でも大きな話題となっている。もしこれが事実であるとすると、自民党の生活保護PTの座長として看過できない問題である。
 生活保護認定に当たっては、まずは三親等以内の親族による扶養が可能かどうかの確認が行われる。生活保護給付が始まった後も、被保護者の親族に対しては毎年扶養の可否の確認が行われる。このタレントは少なくとも近年は高額の年収を得ていることは間違いないわけであり、なぜ親族が生活保護を受けることになっていたのか。苦しい家計の中から家族を扶養している人からすると、まったく納得のいかない話である。
 ・・・・・・本人からの説明がない状況が続く場合には、自民党のPTとして国会で質問したり、内閣への質問主意書という形で調査を進めなくてはならないことになる。

 さらに片山五月議員がテレビの地上波でこのタレントを厳しく批判したことをきっかけとして、事態は動き、吉本興業とタレント本人が釈明会見を開いた。この5月25日の会見で、タレントは、「母親の生活保護が開始となったのはまだ自分が売れない時代だったこと、高収入になった時点で対応しなかったのは自分が未熟であったため」と涙ながらに謝罪した。さらに彼は福祉事務所とやり取りがなかったわけではなく、生活保護が打ち切られない程度の援助はしていたと述べている。
 しかしタレントに対するバッシングはやむことがなかった。「開き直っている」「引退しろ」などと厳しい批判が相次いだ。さらに彼に対して後輩の芸人がツイッターで激励のメッセージを送ったところ、これに対しても批判が殺到した。さらに彼の妻の母親も生活保護を受給していることが判明し、非難に拍車がかかった。
 このタレントの母親に関する生活保護の問題は、本人の問題にとどまらず、多くの波紋を呼んだ。以前から見られた「生活保護に対するバッシング」がさらに激しくなったが、一方で、生活保護を担当している福祉事務所に「自分も生活保護を受給できるのではないか」という問合せが殺到する事態となった。その後、タレントはかなりの額を福祉事務所に返金したことが報道されている。


「貧困ビジネス」が、生活保護の不正受給を違法に後押しすることも。

 このような報道の流れの中で、一般の人々は、以前にも増して生活保護というシステムそのものに疑問を持つようになってきている。
 生活保護は本当に援助が必要な人が受けとっているのか? 
 このタレントのケースのように、本来は家族が援助するべきであるケースも多いのではないか? 
 行政における生活保護の審査は、適切に行なわれているのか?
 さらに、いわゆる“貧困ビジネス”の介入が、事態を複雑にしている。貧困ビジネスで利益を得る人たちは、生活保護の受給希望者に福祉事務所との交渉の方法を指南し、時には違法な手段を指示することもある。
 次は、私が区役所の生活保護の担当者から聞いた話である。
 ある時、中年の男性が生活保護の申請に来た。その時、友人と称する別の男性が付き添っていた。本人は下を向いたまま、区役所の職員が何を問いかけても、まったく話をしようとしない。「友人」は本人の状態について、「この男はうつ病で、状態がどんどん悪くなっている。食事も食べないし、口もきけない状態だ。もちろん、まったく仕事ができる状態ではない」と生活保護の必要性を強調した。
 ところが二人の態度に不審に思ったベテランの職員が、心当たりを調べてみたところ、別の区役所にもこの二人は訪問していた。そこでは二人の役割が入れ替わり、「友人」が患者となり、元の患者が今度は「友人」役を演じて、同じような説明を繰り返していたのだった。後にこの二人組は、ある貧困ビジネスから指南を受けていたことが判明した。
 もっとも、いわゆる貧困ビジネスについては、必要悪であるという擁護論もみられる。ジャーナリストの長田龍亮氏は、自ら貧困ビジネスによる低所得者用居住施設を利用した経験から、次のような指摘をしている(日刊SPA 2017.3.20)。

「貧困ビジネスは悪く言われますが、ある意味で必要悪な側面もあるんです。世の中には金銭感覚がズレていて、お金を持つと、ある分だけ酒やギャンブルに使ってしまう人もいます。僕が最初に入った施設では一度に小遣いを渡すとそのお金を持って飛んでしまう人もいたので、毎日500円が各々に渡されていました。それとは別に月に一度、5000円の小遣いもあった。食費として月に4万円徴収されましたが、これも考え方次第。怠慢な生活を続けている人だと3食4万円は安く感じます」

 さらに貧困ビジネスの利用者は、現状に満足しているという記事もある。次に示すのは、元ホームレスの男性の話である(「貧困ビジネスで搾取されても幸せ…生活保護受給者(50代・男)の自称“ホワイトすぎる生活”」日刊SPA 2017.03.08)。

「正直、ホームレス時代と比べたら天国といえる生活。普通にメシは食えるし、個室も布団もある。困ることはほとんどないね。仕事もせずにこの生活が送れるなんて、奇跡だとすら思うぐらい」
「2週間に1回、近所のゴミ拾いをしてる。その後にバーベキューをやるのが楽しくてね。施設長とか寮の仲間で酒を持ち寄って、ワイワイとやってるんだ。これが楽しくてここで暮らしてると言っても過言じゃないね」

 もっとも、貧困ビスネスが関わらない「単独犯」による不正受給のケースもある。筆者が相談を受けたケースでこんなものがある。
受給者の女性は、ある大学病院で難病による「歩行障害」と診断され、それによって長年にわたって生活保護を受給していた。ところが街中で、彼女がスタスタ歩いているところを福祉事務所の職員が目撃したことから、問題が発覚した。歩行障害どころか彼女の病気はまったくの詐病で、健康に何の問題もなかったのである。さらに彼女は一千万円あまりの貯金もしていることが判明したため、生活保護は打ち切りとなり、警察に告訴されるに至った。

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こちらのテーマの後半は、明日更新です!

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岩波明 精神科医

1959年神奈川県生まれ。東京大学医学部医学科卒。 精神科医、医学博士。 発達障害の臨床、精神疾患の認知機能の研究などに従事。都立松沢病院、東大病院精神科などを経て、2012年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授、2015年より昭和大学附属烏山病院長を兼務。著書に『狂気という隣人』『精神科医が狂気をつくる』『大人のADHD』『発達障害』『発達障害という才能』ほか多数。

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