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ひとり暮しの手帖

2017.06.15 公開 ポスト

「ひとり」にまつわるメモ山田マチ

 ひとりで暮していたら、声帯が弱くなってしまいました。プライベートも仕事もメールのやりとりが主になり、数日間まともにしゃべってないこと、ざらにあります。長時間人と会ったり、4人以上でごはんを食べたりした翌日は、のどに違和感が。ひとりごとが多くなっているのは、無意識に声帯を鍛えているのかもしれません。

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 高校生のころ、友達が「さみしくて誰かにかまってもらいたくて美容院にいった」という話をしていて、「なんじゃそりゃ!」とびっくりしました。「さっぱりしたい」以外の理由で髪を切るなんて。そういう感情を持ちあわせている人が、恋におぼれたりするのでしょう。私が人生で唯一おぼれそうになったのは、すり鉢状になった50メートルプールの真ん中地点で足がつかなかったときだけです。

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 自分のことを自嘲気味に「女子」と言ったり、流行り言葉にのっかってただの飲み会を「女子会」と称することはありましたが、「女子」というカテゴリーには、結局ずっとなじめずにきました。40歳をすぎ、「女子」から完全離脱できたことが、私はとってもうれしいのです。

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 居酒屋のカウンターでひとり飲んでいたら、となりの美人が不倫の悩みを打ち明けてきました。つらく悲しいそうですが、肌も髪もつやつやで色っぽくて、幸せそうです。結婚も恋愛もよくわからない私は、かけるべき言葉が何ひとつ見つかりません。不倫よりプリンの話の方が、まだ語らいがいがあります。

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 実家をでたてのころは、ひとり暮しに対するあこがれから、こんな食器がほしい、あんな家具がほしい、と夢見ていましたが、20年もたつと自分の好みも淘汰され、食器も家具も日用品もひととおり揃ってしまいました。今は、ほしいものがほしい。インテリアショップや雑貨屋さんでときめく日々よ、カムバック。

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 そんな私がつい最近、衝動買いをしたものがあります。腕時計の電池が切れたので、街の時計屋さんに入ったのです。その棚にあった、SEIKOのいかつい置き時計に目を奪われました。時計、ラジオ、懐中電灯の機能がつき、乾電池でも充電でも作動し、手回しによる発電も可能で、スマホやUSB経由の充電ができます。「これさえあれば!」と、即購入。まったくかわいくないですが、今はそれが我が家のメインの時計。時間を確認するたび、安心します。

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 ここのところ結婚した人のインタビューなどで、「大震災をきっかけに結婚を考え……」という話をよく聞きます。私にはまったくなかった感覚なので「へぇ~」と思うばかりです。落ちてくる家具から守ってほしいから? 停電の夜が心細いから? 人の温もり的なことかしら? 当時、緊急地震速報が鳴り、テーブルの下でひざを抱えて思ったことは、「ライフラインが絶たれても快適にひとりで生きるために、備えを万全にしなくては」でした。水、火、トイレ、ラジオ、非常食もろもろ。孤独なサバイバルに備えています。

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 30代のころまでは、知り合いの結婚の報を聞いては、あの人が結婚するなんて! まさかあいつと! どこでどうやってそうなった! といちいち驚いていましたが、今はもう、どれだけ意外な人が結婚しても、耐性ができすぎてしまい何とも思いません。自分以外の男と女がくっついた。ただそれだけのことです。

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 恋人やパートナーのことを「相方」と呼ぶ風潮に、違和感があります。お笑いの仕事をしてきた人間にとって「相方」とは、深夜のファミレスで共にネタをつくり、稽古を重ね、ひとつでも多くの笑いをとるべくもがき、同じ目標に向かって切磋琢磨する人のこと。もし恋人がいたとして自分を「相方」なんて呼ばれたら、意外性のあるボケを発しなければツッコんで笑いを増長させなければとプレッシャーにおしつぶされそうです。杞憂です。

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 私が独身であることを笑いにしようとするおじさんはいて、一応それにのっかって場を盛り上げてやりすごします。「私を利用して楽に笑いをとりにいったな」と、その方の能力を判断するまでです。

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 シングル女性の生き方、フランスの場合は……スウェーデンの場合は……などと語られますが、フランス人も、スウェーデン人も、日本人も、人による、と思います。

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 好きな言葉は「思い立ったら吉日」。そんな私が思い立って結婚しても、思い立って離婚する気しかしません。やだ、と思ったその日のうちに離婚届を用意してしまいそうです。はい。杞憂です。

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 へんに「いいかっこしい」のところがあり、お金を払ってサービスを受けているのに、「良いお客さんだったな」と思われたくて、気を遣ってしまうことがあります。部屋のものを減らして、こざっぱりしておきたいのは、孤独死を想定してのことでもあります。片付けをする業者の人に「今日は楽だったなー」と思われたい。草葉のかげからそれを見て、にんまりしたいです。

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 ひとり暮しだと、「いつ帰ってくる?」とか「晩ご飯どうする?」とか「まだ寝ないの?」とか、聞くことも、聞かれることもないので、うれしいです。仕事も遊びもゴールの時間を決めたくないし、その時に食べたいものを食べたいし、疲れて眠くなったときに布団に入りたい。いきあたりばったりに生きていたいのです。

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 ひとりでいるのは、我が強いせいもあるでしょう。自覚はあります。こども向けの仕事をしているため、自宅の壁には資料として「あいうえお表」が貼られています。「が」の欄は、「がようし」と「カンガルー」。「ががつよい」はどうでしょうか。が。2回もでてきますよ。

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 絶対にひとり暮しがいい、と思っていたわけではないのですが、心地の良い方向に進んでいたら、ひとりになっていました。外で何やかんやあっても、家では自由。こんなに気ままに暮せるとは、想像もつかなかった未来でした。こどものころ、人生って、大人って、女って、もっとつらいものだと思っていました。いつかあたるかもしれないバチに、恐々としています。

ラジオ・オン・ラジオ。上に乗っているのは、時計&ラジオ&懐中電灯。手動発電でスマホも充電できます。もしものときはよろしくたのむよ、SEIKOちゃん。
 
「ひとり暮しの手帖」は今回で最終回です。
 

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ひとり暮しの手帖

これまでも、きっとこれからも、ひとり暮し。ここには、山田マチのひとり暮しのいろいろを書きつけます。
このなかのどれかひとつくらいは、あなたの心に届くかもしれない。届かないかもしれない。これは、ひとり暮しの山田の手帖です。
 

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山田マチ

著書に、短編集『山田商店街』、エッセイ『ひとり暮しの手帖』(幻冬舎)、絵本『どこどここけし』(こぐま社)、児童書「山田県立山田小学校」シリーズ、絵本『もしもだるまにであったら』(あかね書房)、絵本『てのりにんじゃ』(ひさかたチャイルド)などがある。

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