北陸の旅、いよいよクライマックスです!
待望の「いい奇岩」を見つけた宮田さん。
なんと、その「奇岩」の中を歩き回れるようで、読んでいるだけでも、これは、さすがに行ってみたくなります!
これぞ、異世界への入り口を探す旅!?
**** ためしよみ 北陸 4回目 ****
「よい奇岩、よくない奇岩。」 後編
那谷寺の山門をくぐり、しばらくは緑のトンネルのなかを歩く。新緑が美しい。
左手に現れた金堂華王殿(こんどうけおうでん)を拝観した後、さらに緑のなかを歩いていくと、やがて左手に不気味な岩が見えてきた。
おお、出たな、〈奇岩遊仙境〉!
境内にある小山の斜面に、そこだけ広く剥き出しになっている岩盤があり、そこに横に裂けたような窪みがいくつかあって、それがまるで顔のように見える。
第一印象をひとことで言うなら、ハロウィーン。
どうしてそんなふうに岩が裂けたのか、実に不思議な横長の裂け目。そのなかには、小さな石仏が置かれてあり、それがまた歯のように見える。
さらにその口の上にはちょうど左目にあたる位置に穴があるし、右目の位置に穴はないものの、ちょうど木が茂ってまるで眼帯のような風情。造形の妙とはまさにこのことを言うのだろう。
その岩盤の手前にも、もうひとつ宙に浮いたような岩があり、そこにも裂け目があって、どこをとってもハロウィーンのお化けみたいな顔なのだが、面白いのは、その顔に沿って階段が削ってあることで、その岩全体を歩き回れるようになっている。
さすが遊仙境と称されるだけあって、そのへんはぬかりない。そのへんとはどのへんかというと、自分がそっち側にいけるという点だ。
そうなのである。奇岩の多くがつまらないのは、見るだけだからなのだ。
自分がそのなかを歩き回れなければ、奇岩の面白みなどほとんどない。奇岩はここではないどこか別の世界を訪れるための装置なのだから、そのなかをうろうろ歩き回っていろんな局面を味わってこそ楽しいのだ。
この日は小雨がパラついて、岩が滑りやすくなっていた。テレメンテイコ女史はやめときますといって上らなかったが、私はひとり遊仙境の階段を上ってみた。
顔の周囲をなぞるようにして、階段が続いている。
手すりも何もなく、うっかり足を滑らせれば、下の池まで一直線だ。
慎重にこめかみあたりまで上り詰めると、側頭部に大きな窪みがあり、その手前にベンチが置かれていた。ちょうど、下からこの岩を眺める人からは見えない位置に置いてある。
窪みの奥には観音さまだろうか、少し大きめの石仏が安置されていた。
道はさらに岩の裏側へと続いており、それを行くと鳥居が現れた。何かが祀ってある祠(ほこら)とそこへ至る階段があり、その階段を下ると〈奇岩遊仙境〉裏に降りてこられるようになっている。周遊というには短い距離だが、それでも岩のなかを歩き回れるところは面白い。
やはり奇岩は、そのなかを歩き回ってこそだ。
実際に別の世界への扉が開いているわけではないけれど、〈奇岩遊仙境〉のなかをさまよい歩くのは、ちょっとした異世界散策気分であった。
「いやあ、いいですねえ。テレメンテイコさんは行かなくてもいいんですか」
「私はいいです」
こんなに素晴らしい奇岩なのに、実にもったいない。相変わらず、頭のなかは酒のことでいっぱいなのだろうか。
女史は帰りの新幹線でも、今回は魚がほとんど食べられなかった、北陸に来て魚食べられないとは慙愧(ざんき)に堪えない、とぼやいていた。
「地方に来て、地元の食を味わえないと、負けた気がします」
「負けですか」
「そうです。でも今回はバーで地元の人と楽しく会話できたから、1勝1敗ですね」
「はあ」
「そういうのありませんか」
「そうですね。私は夏に海に行ったときに、台風やシケで海に潜れないと負けた気がします」
「いろいろですね」
「そうですね」
ということで、奇岩について盛り上がったのは私ひとりで、私の乾坤一擲(けんこんいつてき)の〝よい奇岩とよくない奇岩〟の話も、女史はとくに聞いてなかったようである。
***
ということで、北陸の旅は、こちらでおしまいです。
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