◯『プラージュ』誉田哲也(Amazon)
◯「連続ドラマW プラージュ 〜訳ありばかりのシェアハウス〜」
8月12日(土)スタート 毎週土曜 夜10:00よりWOWOWプライムにて放送(全5話)[第1話無料]
貴生が「いえ」というのと、杉井が「いや」といったのがほぼ同時だった。
ジュンコが「そう」とまた頷く。
「うち、アパートっていうよりはシェアハウスに近いんだけど、それは大丈夫?」
そんなこと、いま初めて聞いた。杉井は道中、ここについてはひと言も説明してくれなかった。
「……シェアハウス、といいますと、アパートと、何が違うんでしょうか」
「バス、トイレは共同。他所のシェアハウスがどうかは知らないけど、ここは希望があれば食事も出します。私が用意します。それから、各部屋にはドアがありません」
あまりにも当然のようにいうので、うっかり聞き流しそうになった。
「えっ……ドア、ないんですか?」
「そう、ドアはないです。でも、一応カーテンは掛けられるので、プライバシーは問題ありません」
いやいや、カーテン一枚で保てるプライバシーなんて、あってないようなもんだろう──。
そんな貴生の疑念を見透かしたように、ジュンコが眉(まゆ)をひそめる。
「もちろん、お気に召さなければ他を探していただいてけっこうですけど、とりあえず、見るだけでも見ていったら? 見るだけならタダだから」
そういってエプロンを外し、ジュンコはさっさとカウンターの向こうを歩いていく。
「ああ……はい」
慌てて貴生が追いかけると、あとから杉井もついてきた。店は開けっ放しでいいのか、とも思ったが、そんなのは余計なお世話か。
どこから二階にいくのかと思ったら、店の奥からだった。薄い織物の暖簾(のれん)があり、それをくぐって進むと左手に階段がある。ステップは、学校やオフィスビルにありがちな、リノリウム貼りになっている。
それを上りきったところが、
「ここで靴脱いで」
いきなり玄関のタタキのようになっており、左手には、これまた学校のように木製の下足箱が設けられていた。下半分が下足用なのか、サンダルやスニーカー、革靴などが点々と入れられている。上にはスリッパが何足か。そこからジュンコが三足取り出す。
「あの、変なこと訊くようだけど……あなたのそのジャージは、ファッション?」
「いえ、火事で焼け出されて、そのまま……」
「あら、それはお気の毒。これどうぞ」
「すみません。お借りします」
用意されたスリッパに履き替え、ブルーの絨毯(じゅうたん)が敷かれた床に上がる。そこから右手に廊下が延びており、確かに、その左右に七、八部屋、カーテンの掛かった出入り口が並んでいる。突き当たりに窓があるため、雰囲気はここも明るい。
「……ま、こんな感じ。今はみんな出払ってるかな。入ってもらうとしたら、あなたはここ」
ジュンコはちょっと進んで、右手の二つ目、カーテンも引かれていない出入り口を示した。
「どう?」
「……はあ、なるほど」
間取りとしては、六畳よりちょっと広いくらいだろうか。正面に腰高の窓があり、左手には作りつけのベッド、右手には木製の棚が設置されている。でも、それだけ。洗面台もクローゼットもない。
「あの……ここで、お家賃は」
「基本は五万。食事に関しては要相談」
安いのか高いのか、今一つ判断がしづらかった。バス、トイレが共同でこの間取りなら、五万は割高だ。でもこれに三食付くなら、むしろ安いのではないか。仮に二食なら、どうだろう。朝だけだったとしたら──。
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誉田哲也『プラージュ』
仕事も恋愛も上手くいかない冴えないサラリーマンの貴生。気晴らしに出掛けた店で、勧められるままに覚醒剤を使用し、逮捕される。仕事も友達も住む場所も一瞬にして失った貴生が見つけたのは、「家賃5万円、掃除交代制、仕切りはカーテンのみ、ただし美味しい食事付き」のシェアハウスだった。だが、住人達はなんだか訳ありばかりのようで……。