90年代後半から業界の体質改善が進み、自ら女優に応募する女性も増え、健全なビジネスに変貌を遂げたかに見えたAV業界。
しかし、2016年3月、女性団体が、自らの意思に反してAV作品に出演させられた女性たちの存在を発表。その後、被害者の告発が続きました。
東京オリンピックを控えた今、当局はAVへの取り締まりを強化する方針です。
『AV女優消滅』では、AV女優が身を置く過酷な労働環境を浮き彫りにしながら、業界生き残りの道を探ります。
***
「AV業界は大変な局面になっていますね。次の新書のテーマは“AV出演強要問題”で、どうでしょうか」
編集者から連絡が来たのは、大手プロダクション・マークスジャパンが摘発されて、続々とAV女優たちが被害を告発し、被害撲滅を訴える女性団体がイベントやシンポジウムを繰り返す時期だった。女性団体とAV業界は「出演強要は許されない」と被害撲滅の意見は一致しながら、女性団体は「AVのようなものが表現の自由として許容されるのは不思議でならない」と法規制を訴え、AV業界は「AV実演者に対する差別」と怒り、真っ向から対立していた。
女性団体はAV業界を現実以上に悪者扱いして批難していたし、AV業界は閉鎖性の強い業界で歴史的に社会性が薄く、現実の混乱から目をそらしている印象があった。対立が深まるうちに強要問題撲滅という目的からだんだんとズレて、性の搾取と解放の思想闘争のような様相となっていた。お互いの擁護派同士の争いも過熱し、相手側への批判&批難を繰り返し、ひたすら罵り合い、収拾がつかない状態となっていた。
出演強要問題は、火中の栗を拾いにいくテーマだ。
実際に過去と比べると圧倒的に健全な業界になったAV業界を擁護すれば、女性団体側から猛烈なバッシングを受け、女性団体に寄ればAV業界から脅されたり、排除される可能性があった。できれば、かかわりたくなかった。筆者はしばらく編集者の提案に適当なことを言ってお茶を濁していた。
実際に業界の事情に詳しいAVライターのほとんどは「かかわりたくない!」と強要問題から目をそらし、執筆や発言を控えるどころか、居酒屋に行っても酒の肴の話題にすら出さないという徹底ぶりだ。
過熱する強要問題にかかわりづらいのは、腹をくくって被害を訴えるインテリ&論客揃いの女性団体側のプレッシャーもあるが、もう一つは主にプロダクションの比重が大きい問題だからだ。プロダクションが行うAV女優の発掘、管理、斡旋はグレービジネスである。ホワイトな一般企業を自負するAVメーカーが、グレー業務をプロダクションに外注するという業界の構造になっている。
これはAVメーカーにとって汚いグレー部分に手を染めないというリスクヘッジだが、プロダクションの存在がなくては商品であるアダルトビデオを作れない。産業が成り立たなくなる。必要悪のプロダクションはAV業界のブラックボックスであり、AV女優を斡旋してもらう以上、それぞれの運営方針に口を出さない暗黙の了解がある。プロダクションの運営の邪魔をしない、プロダクションが運営しやすいように環境を整えることが、一部の関係者がよく使う“AV業界の掟(おきて)”であり、それがAV業界が閉鎖性が強い理由である。
騒動の渦中、強要問題のキーパーソンである国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(HRN)伊藤和子弁護士はツイッターで「AV業界には御用ライターしかいない。ジャーナリズムがない」と嘆いていた。まさに一言一句その通りで、閉鎖性の強いAV業界では身内によるジャーナリズムは許されない。特殊な業界に違和感があったとしても、メディアを通じて社会に現実を伝えることは許されないのだ。業界の御用ライターになるか、辞めるかしか選択肢が与えられていない。そんな業界に身を置いて慣れていくうちに感覚は麻痺し、それが当たり前となっていく。実際、筆者もその一人だった。編集者は「企画は通しましたから」「取材対象が決まったら連絡を」と、どんどんと話を進めていく。やっぱり、やるしかないようだ。
AV業界は過去と比べると見違えるほど健全な業界となったが、それでもやっぱり出演強要はある。過去から現在の自浄による変貌は、アダルトビデオやAV女優の一般メディア進出による自然発生的な現象で、AV業界はプロダクションに対して出演強要を予防したり、禁止をする施策は歴史的に一切とっていない。女性たちの発掘、管理、斡旋はすべてプロダクション任せである。
世間から糾弾されるAV業界にいったいなにが起こっているのか、出演強要とはなんなのか。出演強要問題のキーパーソンや被害女性、筆者が今まで実際に聞き取りした被害例などを通じて実情を炙りだし、これからのアダルトビデオを考えていきたい。
(『AV女優消滅』「はじめに」より)