迷走の末に半導体事業の売却先を決定したものの、協業する米WD社は売却手続きの一時停止を申立てると発表。東芝が破綻を免れるかどうかは、まだ予断を許さない状況です。
20年にわたり取材を続けてきたジャーナリスト・大鹿靖明さんは、東芝崩壊は歴代社長による「人災」だと喝破。大鹿さんの最新刊『東芝の悲劇』で、「東芝の悲劇は、彼の物語から始まる」と書かれているのは元社長・西室泰三氏です。
西室氏の社長就任の、いったいどこに悲劇がひそんでいたのでしょうか?
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東芝は1996年5月28日、西室泰三の社長内定を発表した。これまでの東芝は副社長を経験したうえで社長に就任するというのが通例で、戦後のこのときまでの東芝生え抜き社長6人全員が皆そうだった。西室が、並み居る副社長や先輩専務8人を追い越して抜擢されるのは異例のことだった。
石坂泰三以降の10人の社長では、東京工業高等学校(現東工大)卒の土光敏夫を除く9人までもが東大卒なのに、西室は慶應卒。初めての私学出身というのも異例だった。さらに佐波正一以来4代続いて重電部門出身者が社長に就いたが、西室は重電でも家電でもない海外営業畑出身という傍流育ちだった。多くの点で異例ずくめだった。
会長の青井舒一は「東大卒・重電畑出身・副社長経験者」という従来の路線をよほど打ち壊したかったのだろう。
西室の社長内定を聞いて、ある専務は違和感を覚えた。「非常に経験の幅が狭い。大丈夫だろうか」。急いで佐藤文夫社長のもとに駆け込んだが、「もう本人に内示した後だから、いまさら代えられない」という返事だった。「西室君は財務や人事など本社スタッフを煩わしく思い、自分で決めたがる。仲間内の飲み会を頻繁に開き、それに交際費を充てている。彼は私利私欲に走る」。そう感じたという(*1)。外交官や報道機関の特派員もそうだが、海外勤務者は経費の使い方が甘くなる。西室のそれも、銭単位でコストを切り詰めてきた工場勤務経験者からすると、でたらめに映った。
しかし、時代は西室のような人間を求めていた。ソニーは前年、14人抜きの抜擢人事で出井伸之が社長に就任していた。出井も早稲田大政治経済学部卒の文系で、欧州駐在など海外営業畑が長く、製造や技術に明るいわけではなかった。電機業界は、欧米との貿易摩擦や海外企業との合従連衡(がっしょうれんこう)を経て海外の要人と対等に渡り合える人材を欲していた。国内育ちの井蛙(せいあ)は要らなかった。国内派ではなく国際派を、内弁慶ではなく見栄えのする人を。日本の電機業界は新しいタイプの経営者を欲していた。
西室と出井の二人はこのとき、電機業界の輝けるスターだった。日本経済新聞など経済メディアは二人を英雄視して報じ、ソニーや東芝の経営改革を「新しい会社」として賞賛するようになった。やがて西室はDVD規格統一の功労者としての名声を得るようになったが、DVD開発にかかわった他の者たちへの処遇は、外部の者が奇異に感じるほど十分報われたものとは言えなかった。DVD事業のスタープレーヤーの一人である長谷亙二は一時、西室から取締役への起用を囁かれ、一瞬期待したが、「決めるのは僕じゃなくて取締役会だからね」と妙な釘の刺され方をし、結局、起用されることはなかった(*2)。
だが、日本メーカーが中心になって作り上げたDVDで、日本勢が果実を享受できたのはあまりにも限定的だった。2000年以降、安価な中国製品が先進国市場に流れ込み、日本メーカーの市場を猛烈な速さで蚕食し、日本勢を駆逐していった。日本の村田製作所、ローム、日本電産など部品メーカーから調達したピックアップやモーター、半導体を組み合わせれば、後発メーカーでも容易にDVD再生機やレコーダーを製造できるからだった。日本勢が席巻したビデオの時代では考えられなかった事態が起きていた。
「日本のノウハウの詰まった部品が中国に流れていき、この流れは止められない。自分で蒔いた種がブーメランのように跳ね返ってきました。しかも彼ら中国メーカーは特許料を支払わないんです(*3)」DVDの生みの親の山田は後にそう嘆くことになる。
西室と出井が新しい経営者としてマスコミにもてはやされるなか、電機業界の底流では大きな地殻変動が生じていた。やがて日本メーカーはその変動によって、次第に世界の最先端から脱落していくことになるのである。
*1 元専務へのインタビュー。2017年3月22日。
*2 長谷亙二へのインタビュー。2017年4月17日。
*3 山田尚志へのインタビュー。2002年3月19日。
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西室社長が華々しく打ち上げた「改革」の内実はどんなものだったのか? 「傍流からの抜擢人事」は、その後の東芝をどう歪めたのか? 続きはぜひ大鹿さんの最新刊『東芝の悲劇』でお読みいただけると幸いです。
次回は10月5日(木)に掲載予定です。
東芝の悲劇
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