「ブッシュ親子やオバマ、そしてトランプの下でのアメリカが長期的に衰退への道を加速している今、日本と世界にとって何より大切な課題は、中国を変えること」「トランプのアメリカの将来は見えている」(『アメリカ帝国衰亡論・序説』/中西輝政著)――。
アジアと世界の新秩序が実現するのは2040年前後、と国際政治学者の中西輝政さんは予測します。覇権国アメリカが崩れゆく今、深い同盟関係にある日本がこれからとるべき道は……。
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日米安保で尖閣は守れない
軍事力の拡大を背景に、中国は今やあからさまに尖閣を狙っています。とするとアメリカが、このように軍事力を飛躍的に増大させた中国と、日本の端にある、誰も住んでいない小島を守るために戦うでしょうか。
たしかにアメリカは、尖閣諸島も日米安保の適用範囲内だと繰り返し言います。しかしアメリカは、平時には中国軍の進出を抑止はしても、実際に紛争が起こっても、絶対に中国とは戦わないでしょう。
つまり、アメリカ艦隊は、ときどき東シナ海に入ってきては中国を牽制しますが、中国海軍の勢力がさらに強まり、東シナ海の制海(空)権が向こうへ移ると、米第7艦隊は近づかなくなるでしょう。これはすでに制海権が中国の手中にある黄海には、今やアメリカは絶対に入らなくなったことを見ても明らかです。
そんなことをすれば、大陸内部からのミサイルや航空攻撃の餌食になってしまうからです。たとえば、2004年以降、この海域に入ってくるアメリカの航空母艦の後ろには、中国の原子力潜水艦がピタリとついて離れなくなり、アメリカをめったなことでは近づけなくさせています。
そして、ときどき至近距離で浮上して、実戦だったら魚雷一発で沈めることができるんだぞと威嚇しているのです。要するに、戦争ゲームをやってアメリカ海軍に中国軍の力を誇示してアメリカを追い払っているわけです。今後、中国はこれを東シナ海、次いで西太平洋へと広げていくことは火を見るより明らかです。
このように、世界の変化を日々の国際ニュースや、イシューの下にあるこうした構造的なレベルで考え、たとえば米中両者の軍事バランスを少し継続的に観察すれば、すでにここまで格差が縮まっていることがわかります。
そうすると、たとえ米中が北朝鮮や南シナ海の問題で対立を深めても、アメリカが中国に強く出ることなどあり得ないこともわかるでしょう。まして、「アメリカ・ファースト」と唱えるトランプ政権のアメリカなら、まったくあり得ない話だと考えておいたほうがよいでしょう。
これが、少し前のブッシュ(父および子)やクリントン政権のときであれば、アメリカは依然保っていた圧倒的な強みを生かしたことでしょう。
たとえば、中国が台湾の沖合にミサイルを撃ち込んだとき、あの弱気のビル・クリントン大統領でさえ、台湾海峡に空母艦隊を出しました。そうしたら、中国はすぐミサイル演習をやめたのです。1996年のことでした。
今、同じことが起きたら、アメリカは、中国に対して面と向かって2隻もの空母を出すことはできません。中国はおそらく、弾頭のついていないミサイルを空母の周囲にどんどん撃ち込み、脅しをかけてくるに違いないからです。
これが、日本と中国とアメリカの現実です。日本の知識人と呼ばれる人々は、右も左もこうした現実から目をそらしたがります。解決策を見出すことが難しいからなのかもしれません。
しかし、20年後、30年後と長期的にものごとを考えるために、中国という国の本質を推察するときには、並はずれたパワーが渦巻いていた中華帝国の時代を視野に入れることも必要でしょう。過去の中華帝国を学ぶことで、中国の未来も容易に見えてくるのではないでしょうか。
中国と対峙できれば、アメリカからも自立できる
各国はこれを機会に、「アメリカなしの世界」をいかに築いていくか、あるいは「アメリカからの自立」をかつてなく真剣に模索しようとしています。
また、今の世界で一人内向きになっているトランプのアメリカを尻目に、「グレイトゲーム」とでも呼ぶべき大地球争奪戦が始まっているのです。それは目に見えないし、軍事力も使いません。しかし人間の心を操って大陸ごと奪うという、「競合する多極化世界」が定着していく時代が来ているのです。
そういう大陸を奪い合うというスケールの、経済と心理の「世界大戦」がこれから始まろうとしているのに、アメリカ内部のことしか見えないトランプのような大統領が出てきたわけです。
アメリカに対抗しようという意図を持った国々は「トランプのアメリカ」の登場で、またとない「チャンス到来」と思っているでしょう。おそらく、中国は「勝負あった」とほくそ笑んでいるはずです。
ですから、私たちがもっとも恐れるべきは、中国がこれをチャンスと捉えて、いっそう勢力を増すのではないかということです。たとえば、トランプのアメリカはせっかく有力な「中国包囲網」となるはずだったTPPを離脱する大統領令を出しました。
すると、中国を含めた東アジア諸国だけ、すなわちASEANの10カ国に日中韓が加わり、インドやオーストラリア、ニュージーランドも巻き込んで、自由貿易圏を作る話が浮上してきました。これをRCEP(東アジア地域包括的経済連携)と呼んでいますが、そのアジア経済の大きな枠組みが、中国を中心に、アメリカのTPP不参加をバネにして進み始めているのです。
これは、アジア太平洋の諸国にとっては、トランプ大統領率いるアメリカが離脱したので、「アメリカがダメなら、中国に主導してもらおう」という話です。東アジアの国々は、みんなこの話に乗り気になっているようです。ここが、日本との大きな違いです。
トランプが与えた大きな負のインパクトに対して、安倍首相はTPPを必死に守ろうとしています。日本は、他の東アジア諸国に同調するわけにはいきません。なぜならば、日本の生きる道を考えたとき、もっとも大事なことは、アメリカから独立するのと同じ度合いで中国と対峙することだからです。
中国に対しても、毅然として是々非々の立場を貫く、この迫力がなければアメリカから自立することはできません。繰り返しますが、日本は中国としっかり対峙できなければ、アメリカと対等にやりあうこともできないのです。
それが日本という国の宿命であって、中国にきちんと対峙できれば、アメリカからの真の自立も可能になるでしょう。まずはしっかりと財政再建に取り組み、自前の防衛力を堅実に整備していくことが何より大切です。そのようにして、自ら中国ときちんと向き合える力を見せつければ、アメリカも日本の言うことを聞くようになるのです。
今は、実のところ日本は、アメリカ人にとって本音レベルではまったくの「クライアント・ステート(従属国)」にすぎない、という位置づけですから、何を言っても耳を貸すはずはありません。おそらくアメリカ以外の各国も日本のことをそう見ているはずです。
ですから、中国に及び腰になったり、中国にすり寄ってしまったりしたら、アメリカに依存してきたこれまでと同様、あるいはもっと惨めなことになるでしょう。結論として、今後、韓国とASEAN諸国は中国にいっそうすり寄っていくでしょう。しかし、日本は孤高を保って、それこそ聖徳太子の外交よろしく、中国との友好を望みつつも、いざとなったらこの日本列島を枕に討ち死にする覚悟で中国に向き合うべきでしょう。
中国の国内体制を転換させるのは日本の仕事
日本が、中国と対峙しなければならないのは、まず何よりも、現在のところ国としての体制に大きな違いがあるからです。
今の日中関係の問題は大半、中国が共産党の独裁であることに起因しているのですが、たとえば、言論統制を敷いて、ノーベル平和賞受賞者を軟禁する、自国に都合の悪いニュースは国民に届かないようにするなどなど、自由や民主主義の考えが日本人の価値観とかけ離れています。
ですから、日本には、今の中国と同盟を組むという選択肢はあり得ません。しかし、2040年代の中国が、その国力においてアメリカを凌ぐ超大国となっていることは、ほぼ間違いありません。我々は、この可能性から目をそむけるわけにはいかないのです。この大中国と、永遠に対峙しなければいけないのかと言えば、超長期的な視点から考えれば、必ずしもそうとは限りません。
たとえば、前にお話しした「ハイブリッド戦争」によるのかどうかわかりませんが、何らかの可能性として、中国が民主化して、中国の国内体制を転換させることは長期的には見通し得るところです。
私は、それしか日本の生きる道はないし、ある意味、これ、つまり中国のゆるやかな「民主化への支援」は日本のなすべき仕事だと思っています。そのためには、できるだけ中国との友好関係の維持につとめながら、アメリカなど他の国ともしっかり協力する道を模索すべきでしょう。そのころになると、「トランプ大統領」などは、はるか過去の存在となっていることでしょうから。
ブッシュ親子やオバマ、そしてトランプの下でのアメリカが長期的に衰退への道を加速している今、日本と世界にとって何より大切な課題は、中国を変えることです。トランプのアメリカの将来は見えているのですから。
つまり、古い中華帝国の再浮上をいかに抑え込むか、あるいは、生まれ変わった新しい中国にアジアと世界の原動力になってもらって、それをどう利用するか、日本の一番大切な役割はこのことを考え実行することでしょう。
私は、こうしたアジアと世界の新秩序が実現するのは2040年前後と考えています。このように長い目で見ることができなければ、目の前の選択もできないことを、日本の政治に携わる人々は銘記していただきたいものです。
今という時代、遠くを見ることなく、先のことなどどうなるのか考えようともせず、足元の対応だけに終始することほど危険なことはありません。間違えてもいいから、大きな将来像という絵を描きながら、その都度、修正を加えつつ、同時に足元の問題も処理していくことが、もっとも合理的で正しい選択のあり方なのです。
いずれにしても、トランプという大統領が誕生したことで、見通しが立てやすくなりました。皮肉ではなく、トランプに感謝したいと思っているくらいです。
というのも、「アメリカなき世界」に備え、アメリカからの自立しか日本の道はないことが、これほど明らかになったのも、まさにトランプのおかげ、と言えるからです。
※この続きは、中西輝政著『アメリカ帝国衰亡論・序説』をぜひご覧ください。