「こんなはずじゃなかった、私の人生……」――。
2016年3月、女性団体が、自らの意思に反してAV作品に出演させられた女性たちの存在を発表して以降、AV出演を強要された被害者の告発が続きました。
AV女優とAV業界に何が起きているのか? その実状に迫った『AV女優消滅』の冒頭をお届けします。
スレンダーな元超有名女優が待ち合わせ場所に現れた
2017年2月20日、渋谷で元AV女優と会うことになった。渋谷はAV業界の関連会社が密集し、路上スカウトの主戦場となる地域だ。会うことになったキッカケは成り行きだった。共通の知り合いを通じて元AV女優と名乗る女性からメッセージが来た。一言二言程度の文章を何度かメールでやり取りすると、“AV女優になったキッカケは、かなり強引なスカウトにあったから”だという。取材を依頼した。
「引退してから、現役のときもですが、きちんとAVの闇を話したことはなかったので、今回自分の中で少し整理ができそうです。良い機会をありがとうございます」
すぐに、そう返信があった。数日後に会うことになった。居住するマンションは、渋谷駅徒歩圏にあるらしく、待ち合わせ場所に渋谷駅前にあるモヤイ像前を指定された。
AV女優だった過去を深く後悔していること、AV業界で小さくない被害にあったと思っていることは、短い文章から察することができた。2016年3月から話題になった“AV出演強要問題”については、まったく知らないようで、忘れたい過去である業界の動向には興味がないようだった。
引退してから数年が経っており、取材依頼を承諾した理由はよくわからない。事情がわからないので気を使い、メールでは女優名は聞かなかった。AV女優のほとんどを占める無名女優なら聞いてもわからないし、逆に有名な女優だったら警戒されて取材拒否される可能性があった。
誰がやって来るかわからないまま、渋谷モヤイ像前で待つ。
時間ぴったりに、肌が白くスレンダーな、息を飲むような美女に声をかけられた。すらりと背が高く、長い黒髪が美しい超美人女性は、過去にアダルトビデオ専門誌などで何度も見たことのある超有名AV女優だった。名前は坂本小雪さん(仮名)にしようか。特定されたくないという強い要望があり、年齢は伏せる。2000年代後半に大手メーカーから単体デビューして、4年間活動。後半の2年間は企画単体として大活躍して、現在活躍する有名監督たちはこぞって彼女を撮影している。AV関係者やファンの間では記憶に残る人気女優で、「エッチ好き。やる気満々なポジティブ女優」というイメージがあった。
「最近、AV女優だった過去を受け入れられるようになって、少しだけ胸を張れるようになりました。否定し続けた時期のほうがキツかったし、本当になにもいいことはなかった。AV女優のことは、実は現役時代からずっと否定していました。自分もAV女優のくせに、AV女優のことは汚いと思っていたし。同じ現場にいる子とか。自分も同じなのに……」
彼女がよく利用するという喫茶店に行く。十数種類のコーヒーや紅茶がメニューにあるお洒落なカフェだ。
AV女優のほとんどは、引退するとAV業界との関係を断ち切る。当然だが、第二の人生では過去を誰にも話せないケースがほとんどを占める。引退してから数年が経つが、「(話すことで)自分の中で少し整理ができそうです」と言うように、大活躍したAV女優時代は、思い出したくない黒歴史として刻まれているようだった。
現役時代は心を“無”にして過ごした
いったい、なにがあったのか。
2000年代後半。坂本さんは、地元の公立進学校から有名私大進学のために上京する。実家の世帯収入は高く、十分に学生生活ができるだけの援助は親から受けていた。大学1年のゴールデンウィークに渋谷でスカウトされて、時間をかけて口説かれ、授業のない土日限定でAV女優になった。収入は単体時代で月70万~90万円、企画単体時代で月150万~200万円とかなり稼いでいる。
「現役時代は、もう無でした、無。現場でもなにも感じてない。楽しい、気持ちいいみたいな感覚が一切ないってことです。一貫して、感情はまったくなかった。綺麗(きれい)な写真を撮ってもらって、パッケージ見て、綺麗で嬉しいみたいなことはある。でも現場では、なにをされても気持ちよくはないし、嫌ってこともない。カメラがまわると、AV女優を演じる。演じる自分に酔うことはあっても、性的行為やセックスに感じることはなかった。4年間も続けたのは、お金のためだけでした」
外見だけでなく品性のある声、口調。誰が見ても美しい女性で、すれ違う通行人男性やカフェの客が振り返るほどだ。筆者は長年AV専門誌にかかわっていたので、彼女が前向きなAV女優だったことは覚えている。しかし、そのポジティブが本心だったのは一時期だけのようだった。同調圧力に悩むことがあり、まわりの空気に合わせて前向きなAV女優を演じていただけだったという。
「自分自身を否定するのは、苦しい。その苦しさから逃れたくて、一時期だけ無理に“AV女優の仕事に誇りを持っている”みたいな発言をしていました。私は誇りを持って、AV女優をしているって。裸とセックスを売っているのではなく、作品を作っているって。でもね、そういう自己暗示をかけないと、あんな仕事とても続けられない。だからAV女優同士で集まると、自分たちは正しい、世間の評価が不当みたいな話ばかり。要するに傷のなめ合い。特殊な仕事だし、自分たちのことをすごいって思いたい。でも、誇りを持つのはいいけど、私個人はあまり言うべきじゃなかったなって後悔しています。恥ずかしいし、バカだったなって」
……つづきは、幻冬舎新書『AV女優消滅』をご覧ください。