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AV女優消滅

2017.10.13 公開 ポスト

前編

AV女優は「職業」ではなく、「商品」だった鈴木涼美/中村淳彦

『AV女優消滅』でAV出演強要問題に端を発した、AV業界のブラックゾーンに斬り込んだ中村淳彦さん。ちょうどSNSが炎上している頃に、元AV女優で元日経新聞記者、作家の鈴木涼美さんとの対談が実現しました。鈴木さんがこれまで出会ってきたおじさんたちを描いた新刊『おじさんメモリアル』『AV女優消滅』は「男の欲望」という点でもテーマが重なっていました。男の欲望が支えるAV業界の内も外もよく知る二人が、体で稼ぐことについて語り合います。
(構成:アケミン 撮影:菊岡俊子)

 

お金がもらえなくなってAV女優がキレた

鈴木涼美(以下、鈴木) 中村さん、憂鬱そうですね。

中村淳彦(以下、中村) いろいろ厳しい状況に置かれています。
 

鈴木 『AV女優消滅』のまえがきにも書いてありますけど、このテーマは地雷案件だった?

中村 正直、かかわりたくなかった。多くの人は「こいつは自分で強要問題の企画を出して、偉そうに出版して」って捉えるでしょ? 自分だけじゃなく、業界のライターは強要にかかわることは一切やりたがらない。担当編集者から「とにかく、あなたがやれ」と何度も言われて仕方なく腰をあげて、地雷案件と重々承知して、全方面に気を使いながらやりましたよ。

鈴木 確かにこの本に関しては、中村さんが進んで自らやっていると思うアンチもいそう(笑)。『職業としてのAV女優』が出た5年前は、中村さんが一度AV業界を離れて、介護事業をはじめた。けど、介護業界にもつくづく絶望されていた時期だったと記憶しています。

中村 あの頃は介護現場で底辺同士のマウンティングとか中年童貞とか、数えきれないほどのトラブルに巻き込まれて絶望どころじゃなかった。精神的に限界って時期に担当編集者から電話がかかってきて、そのときは蜘蛛の糸だった。『職業としてのAV女優』は地獄から抜けだし、もう一度人生をやり直そうってモチベーションで書いた本。そういう恩みたいなのがあるので地雷案件もキッパリとは断れない。

鈴木 介護の世界に比べればAV女優やAV業界は、まとも過ぎると何度もおっしゃっていたので、AV業界にある程度の希望を見出しているのかなと思っていました。

中村 介護の世界で一般社会のとてつもない貧困を知った。涼美さんもよく知っていると思うけど、当時のAV業界は表面的にはある程度の自浄はされて平穏だった。逆に介護現場は貧困の巣窟なので荒れる。AVは多少の問題はあるが、介護と比べればマシな世界と思っていた。カラダを売ろうが、AV出ようが、お金になるならいいよねって意見だったかな。

鈴木 『職業としてのAV女優』は、自ら志願してAVに出演する女の子も増えて、業界全体もかなりホワイト化されている、という認識でしたよね。また昨今のAV出演強要問題で見方が変わりましたか?

中村 AV業界においてAV女優はあくまでも商品。そこに人権という感覚はない。それはもうAV関係者やAVファンにも徹底して根付いている。怒った女優と第三者によってAV業界の実情がどんどん可視化されて、第三者による解釈が入り、それで意識は変わったよね。一般社会でずっと続いている労働問題と同じだと思った。現場レベルでは確実にホワイト化はされていたけど、それは撮影現場で商品を大切に扱っているだけだった。労働問題という視点で眺めると、明らかなブラックな部分はたくさんある。

鈴木 AV女優を商品ではなく、意志と人権のある労働者とする視点を投入すると、ツッコミどころはもちろんありますよね。そもそもそういう概念で成立していない。それは一部の悪徳業者だけではなく、業界全体の感覚なのだと思います。しかし、もちろんホワイト化の過程でそういう現代的に「正しい」視点が投入され、業界の慣習や当たり前に信じていた文化が次々に否定され出している、という感じでしょうか。ただ問題は、戦略や悪意があってそうなっているのではなく、無意識的にそういう文化だったから、そういう根本的なところが「時代にあっていませんよ」と言われても自覚がない。

中村 距離を置いて、他業種にもかかわっていた自分でさえ、そのAV業界独特の感覚の麻痺を自覚するのに半年間かかった。だから業界どっぷりの人は、まだわからないのだと思う。そもそも人権はお金にならないことだし、多くの女優も短期的に合理的に稼ぐことを求めているし、今に至ってもこの問題にたいして興味がないのはよくわかる。今までずっとAV業界は、「AV女優は、なにも知らないから訴えたりしてこない」っていう大前提で動いていたでしょう?

鈴木 『職業としてのAV女優』は、実は性奴隷だった、ということ?

中村 やっぱり騙したり洗脳して誘導するという実態がある限り、性奴隷という解釈も頷かざるえないよね。裸になる女性という「商品」をグルグルと回して、利益を上げるのがAV業界のビジネス。女優たちも、今まではお金になっていたからギリギリよかったのかもしれないけど、リスクと労働に見合うお金を手にできなくなって決壊した。稼ぐことが目的なのに稼げず、洗脳みたいなことが蔓延している。労働に見合う賃金が払えないとなると、もうフォローのしようもない。

鈴木 私も「商品」としてAV女優をやっていたし、当時は女性団体みたいな存在はなかった。引退後も二次使用されまくり放題。しかも私は珍しいケースで、引退して5年後に『週刊文春』で話題になって、急にランキング上位に入って、オムニバス盤もリリースされた。それで儲かった人もいるでしょうけど、私はもはや関係ない。それはAV女優がものを知らないし、人権について戦わないという前提があるから成立している状況です。今の社会の雰囲気として、AV女優に人権や労働者としての権利を持たせて、業界人として認めて、業界を動かしていくプレイヤーの一人とする流れは避けられないでしょうね。

中村 一部の上層部は完全にホワイトにしたい意思はある。けど、今まで人権という感覚が一切なかった業界にその提案をしても、足並みが揃うはずがないし、多くの当事者はここまで社会問題になっても興味すらない。さらに、この期に及んで指揮するリーダーすらいない。混乱しているだけ。AV業界って上層部も含めて一般社会人になりたくない人が集まったセーフティネットだから「逮捕はされたくないけど、一般社会人にもなりたくない」という人ばかり。社会と対話する気もないみたいだし、ホワイト化は無理でしょう。でも、その“無理”を社会が許すのか……。個人的には残してあげてほしいけど。

鈴木 でも元々、そういうグレーな業界だったわけじゃないですか。別に自分が管理売春をされていたとは思わないけど、AV業界も一部の風俗業界も女の子たちは労働者であって労働者じゃない状況が長くあった。中村さんは早い段階で「グレーは絶対に認められなくなる」と警鐘を鳴らしていましたよね。

中村 強要問題以前から、女性団体が何か成果を出したがっているやる気は知っていたし、AV業界に目をつけている雰囲気もあった。バレてはいけない人にバレてしまったわけで、年貢の納め時だよね。全員、諦めて業界の構造を組み直した方がいい。それと男性視聴者の要望を聞いて商品を提供して、新卒を入社させて一般企業を運営しているような気になってしまったのがまずかった。目立つべきではなかった。

鈴木 表面上ホワイト化したことで、ホワイト社会の物差しを取り入れざるを得ない状況を、半分自ら作っちゃったってことですね。でもじゃあどうするんですかね。そんな物差しを外部からブスブス差し込まれたら業界自体は瓦解する。職業であるには違いないけど、労働者以上に商品だったAV女優は「消滅」する。それはすごく寂しいっていうか、漂白されきる前にもうちょっと柔軟なものを残しておいた方がいいんじゃないかって。なんというか、歌舞伎みたいな伝統文化という位置付けなら現代的な「正しさ」と齟齬があっても存在できそうな気がするんですけど。まぁ私が言ったところで世の中の動きは、止まらないし。

中村 たとえば神社の祭りで、テキヤはすさまじい活況でも、地元の有志やPTAの白テントの出店は閑散としているよね。そこからテキヤを追いだして、全部白テントにしたら、まあ誰も来ないでしょう。それが漂白だよね。

 

18歳の女の子に30歳になった自分を想像できない

中村 20歳そこそこのAV女優は、そのときは前向きに出演しても、数年後にAVに出たことを後悔するなんてもこともある。将来、自分がどう思うかとか、誰もわからない。

鈴木 それはそうですよ。18歳の時に、30歳になった時にどういうイメージの大人になりたいかとか、どういう人生を歩みたいかなんてわかんない。その時に楽しいとか豊かだとか気持ちが良いっていう方が重要なんだから。私の場合、AVデビューしたのはVHSの時代だったから、自分が30歳になったときネット検索一発で自分のハダカの画像が誰でも見られる状況になるのは想像してなかった。回顧としてAV女優だったことをいつか書くかもしれない、とは思っていたけど、他人に検索されて300円払えばすべての作品が観られてしまう状況は想像できなかった。もちろん「想像してなかったお前が悪い」って言われたらその通り。ただ、ごく普通の、20歳そこそこの女の子はそこまで深いことは考えてないですよ。

中村 PAPSの宮本節子さんは本の中で「テクノロジーの進化に、人間の哲学が追いついていない」と言っている。

鈴木 私の場合、20歳の時になんとなく、強要と言われれば強要かも、っていうぐらいの強引な誘いに乗って、でも一方で「アリかな」って自分では思ったからAVに出た。スカウトマンと付き合っていて、理由なんてあってないようなもの。引退して普通の仕事に就こうと思ったときに親にバレたり、何年も経って週刊誌に書かれたり、こんなに重い十字架を背負わされたことに後から気がつく。強要問題が表面化した原因の一部は、こういう、その時は楽しかったから気にしてなかったけど、後から考えたら後悔しているし、よくよく考えたらあの時の業界はおかしかったっていう女の子の思いにあるでしょう。そこにテクノロジーの進化が凄まじく、想像を絶するスピードだったということが加わって。私だって時々「私って可哀想」って思うけど、それは業界に悪意があるってより、もうしょうがないですよね。だからもうネタにするしか無いって感じ(笑)。

中村 第三者委員会は販売期間を5年間にして、女性の希望があれば販売停止ができるって提案したね。女性団体の相談で一番多いのは販売を停止したいってこと。苦しむ女性が少しは減りますね。

鈴木 時代は進みましたね(笑)。AV強要は捉えようによって、いくらでも悪くとれる。私が「強要された」という文脈で書かなきゃいけなかったら、元カレは「色仕掛けで迫る強引なスカウト」になる(笑)。私、実は一回デビュー前に親友に止められてやめようってなった。でも「今決まっている雑誌の撮影だけは行ってきて。良い雑誌だし、もう約束しちゃったから」ってカレに言われて。

中村 そのまま撮影に行って、流されるままにAVデビューになってしまったと。

鈴木 強要風なストーリーで書こうと思えば書けるけど、現実ってもうちょっと曖昧でユルめに進んでいく。そもそも明確な意思やビジョンがあって、まともな労働者としての場を求めている人は、AVには出ない。少しだけオイシイ話が欲しいとか、お金が必要って思うから出る。労働者としての権利を守る業界は他にもあるし、そこをAV業界に厳密に求めなくてもいいんじゃないかと思うんです。ただ世の中の流れとしてそういうのが許されない状況になっているとしたら、もうAV業界は消滅するしかないのかな。

中村 深堀りしていくと、本当にすべてが丸くおさまる解決策はないよね。女性団体が提案するようにデビュー作を廃止するとか、少しでもやりたい人だけでやる世界にして、一つずつ不幸を減らしていくしかないのかな。

(中編につづく。10月17日公開予定です)

 

関連書籍

中村淳彦『職業としてのAV女優』

業界の低迷で、100万円も珍しくなかった最盛期の日当は、現在は3万円以下というケースもあるAV女優の仕事。それでも自ら志願する女性は増える一方だ。かつては、「早く足を洗いたい」女性が大半だったが、現在は「長く続けたい」とみな願っている。収入よりも、誰かに必要とされ、褒められることが生きがいになっているからだ。カラダを売る仕事は、なぜ普通の女性が選択する普通の仕事になったのか? 長年、女優へのインタビューを続ける著者が収入、労働環境、意識の変化をレポート。求人誌に載らない職業案内。

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鈴木涼美

1983年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学卒。東京大学大学院修士課程修了。小説『ギフテッド』が第167回芥川賞候補、『グレイスレス』が第168回芥川賞候補。著書に『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』『愛と子宮に花束を 夜のオネエサンの母娘論』『おじさんメモリアル』『ニッポンのおじさん』『往復書簡 限界から始まる』(共著)『娼婦の本棚』『8cmヒールのニュースショー』『「AV女優」の社会学 増補新版』『浮き身』などがある。

中村淳彦

1972年生まれ。ノンフィクションライター。AV女優や風俗、介護などの現場をフィールドワークとして取材・執筆を続ける。貧困化する日本の現実を可視化するために、さまざまな過酷な現場の話にひたすら耳を傾け続けている。『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)はニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞ノミネートされた。著書に『新型コロナと貧困女子』(宝島新書)、『日本の貧困女子』(SB新書)、『職業としてのAV女優』『ルポ中年童貞』(幻冬舎新書)など多数がある。また『名前のない女たち』シリーズは劇場映画化もされている。

 

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