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AV女優消滅

2017.10.19 公開 ポスト

後編

AV女優や風俗嬢にも清純さを求めるなんて悪趣味だ鈴木涼美/中村淳彦

『AV女優消滅』で「男性視聴者の欲望」が出演強要につながったことを指摘した、中村淳彦さん。鈴木涼美さんがこれまで出会ってきたおじさんたちを描いた『おじさんメモリアル』。最終回は、日本の男性の欲望の特徴、その歪さについて語りあいます。
(構成:アケミン 撮影:菊岡俊子)


今が幸福だとAV女優時代のことも「アホだな」と語れる

中村 鈴木涼美がおもしろいのは、昔ながらの不幸とか波乱万丈とかではない、東京で時代に乗って生きた華やかなギャルがここまで書くんだってところ。徹底した上から目線もいいよね。

鈴木 AV業界に救われたとも思っていないけど、かといって別にAV女優時代のことをそんなに恨んでないから。アホだなって思ったことはあるし、嫌いな人は、それなりにいたけど、尊厳が削られたと深刻に悩んだことはない。良かったとも思っていないし、深刻に病むほど消し去りたい過去でもないから、割と淡々としているんじゃないでしょうか。運が良かったことや、今がそんな不幸じゃないっていうのもある。

中村 今が不幸じゃないっていうのは大きい。貧乏とか貧困じゃないって言い換えてもいいかも。貧しくなると、とにかく自分自身も人間関係も環境も全部おかしくなりがち。

鈴木 自分が幸福になると、わりと過去はどうでもよくなる。

中村 だけど鈴木涼美は自分で考えて、自分で決断していて、時代の空気に流されることはあってもポエムとか他人の話で惑わされたことは、一切ないわけでしょ?

鈴木 そんなに主体的な人間じゃないですよ(笑)。基本的に私は、その時に好きな人に影響される。AVに出たときも、当時のスカウトマンが好きだったから。ひょっとしたらそれは彼氏のふりをして騙す色管理だったのかもしれないけど、自分では元カレに影響されてAVに出たって思ってるから(笑)。

中村 あえて突っ込まないけど、客観的に聞いていると普通の色管理だよね。慶応大学の女子大生を色管理する元カレは、業界的には優秀なスカウトマンってことになる。

鈴木 そもそも男の人って「無理やり」とか「強要」っていうのもわりと好きでしょう。私がAV女優になったのって、AV出演強要が社会問題になる前、メーカーに面接に行くときは「AVに出たい、じゃなくて、こういう業界のこと知らないんだけど事務所の人にうまいこと言われて連れてこられちゃって、ってトーンで行け」とプロダクションの社長に言われましたよ。今とは逆。水商売や風俗の経験も隠すし、なにも知らずに連れてこられちゃった素人を演じて、メーカーに営業周りをする。

中村 エロの世界での「素人」という記号の価値は昔から普遍的にある。売上を上げにはビッチより素人のほうがいい。プロダクションは今でも演じさせているでしょう。売上が変わってくる。

鈴木 AV業界だけじゃなくて、風俗でも「業界初経験」とか「初出勤」って営業のために言いますよね。でも話も面白くてテクニックも良くてベテランの人より、アホで役に立たない素人の方がいいって、趣味が悪い。バカだなって思う。

中村 スキルと経験ある人が勝つ世界であってほしいけど、素人の、なにも知らない女の子が裸になるほうが、男性には生理的にインパクトがあるのは仕方ないと思う。経験のない最初が一番価値が高いという歪(いびつ)な市場評価が、AV女優が労働者になりづらかった大きな理由でもあるけど。

鈴木 素人好きって特に日本人は顕著。日本人ってヨーロッパの人に比べると、アンティークはそんなに好きじゃないし、古着も安く買うためにある。ヨーロッパの人にとっては、テクニックがなくて素人丸出しの娼婦が人気なんて、考えられないこと。でも日本の男性は気が利かない素人のほうがいいと思うし、「AVに出たい」と言う子より「え〜どうしようかな」って言うほうに魅力を感じる。そうなると強要問題は、AV自体がそもそも内包した病理だと思いますね。

 

無知がもてはやされる世界とインテリに価値がある世界

鈴木 男性は素人女好き、反対に女性は女性の不幸話が好き。中村さんの本のファンにも女性が多いですよね?

中村 AV業界の人はわかっていないっぽいけど、僕の本は女性読者が半端なく多い。逆にエロ本の読者層である素人が好きな中年男性は少ない。正直、女性には「読んでいます」って頻繁に声をかけられるよ。

鈴木 女性は大好きですよ、中村さんの本とか、鈴木大介さんの貧困についての本とか。私の家に遊びに来た友達も、中村さんの本だけは皆借りていく。その後で引用しようと思っても返ってきてないから、私、何回も買ってて(笑)。AV女優のイベントに来る女の子より、中村さんのイベントに来る女の子のほうが数は多くて、AV女優は作品とはまた違う消費を同性からされることを自覚してもいいと思う。

中村 この10年くらいはAV女優に不幸な子は少ない。レールから一歩踏み出して、奔放な性とか、自由に生きている感じに共感するのかな。同性に共感されるのは良いことでしょう。鼻息荒い中年男性だけに消費されるより、ポジティブな現象だと思うな。なのに、AV業界は表面的に全肯定してくれる中年男性の消費だけに固執するし、それしか興味ないでしょう。昔から不思議だなと思っている。

鈴木 AVも夜の世界もそうだけど、社会との繋がりが薄いとどうしても情報量に差が出てくるから、考えが変わりづらいのかも。昔、私、3年ぐらいホストと同棲していて、彼の情報量の少なさにビックリしたもん。頭はいいし、漫画も読むから「三国志」に出てくる人物は、私より知っている。でも生活が自宅と歌舞伎町の往復だから、品川がどこにあるのか知らない。プレイヤーは必要最低限の情報で生きているから、世の中には別の見方があるという中での議論はできるわけがないと思う。

中村 となると男性視聴者だけを相手にしてきた今のAV業界の状態は、それと同じだよね。女性団体がAV業界と社会を強引に繋げてしまった。だから一連の問題の解決は、業界の人には手に負えない。

鈴木 でも多くの国ってそんなもんじゃないですか。超一部のエリート知識層はいろんな情報を持っているけど、インドの僻地にいる子はなにも知らない。そもそも世界があることを知らない。日本は識字率が高いがゆえにそういう格差が許されず、これまで成長してきたわけで。

中村 AV業界のゴタゴタは終わりそうにない。唯一まだ稼げそうなのはAV女優だけなので、これをキッカケに業界とか中年男性視聴者を捨てて海外に移住するとか。思い切ったことをすればいいのにとか思う。

鈴木 自分の価値は少し移動しただけで変わったりする。AV業界では、私は大して可愛くなかったし、売れてもなかった。けど、インテリ的世界では、本を書いてることや学歴なんかがもてはやされたりするし、その中では美人という位置付けをしてもらえる(笑)。人間の価値って、それぞれの世界でまったく変わることは本当に実感していますよ。
(おわり)

関連書籍

中村淳彦『職業としてのAV女優』

業界の低迷で、100万円も珍しくなかった最盛期の日当は、現在は3万円以下というケースもあるAV女優の仕事。それでも自ら志願する女性は増える一方だ。かつては、「早く足を洗いたい」女性が大半だったが、現在は「長く続けたい」とみな願っている。収入よりも、誰かに必要とされ、褒められることが生きがいになっているからだ。カラダを売る仕事は、なぜ普通の女性が選択する普通の仕事になったのか? 長年、女優へのインタビューを続ける著者が収入、労働環境、意識の変化をレポート。求人誌に載らない職業案内。

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鈴木涼美

1983年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学卒。東京大学大学院修士課程修了。小説『ギフテッド』が第167回芥川賞候補、『グレイスレス』が第168回芥川賞候補。著書に『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』『愛と子宮に花束を 夜のオネエサンの母娘論』『おじさんメモリアル』『ニッポンのおじさん』『往復書簡 限界から始まる』(共著)『娼婦の本棚』『8cmヒールのニュースショー』『「AV女優」の社会学 増補新版』『浮き身』などがある。

中村淳彦

1972年生まれ。ノンフィクションライター。AV女優や風俗、介護などの現場をフィールドワークとして取材・執筆を続ける。貧困化する日本の現実を可視化するために、さまざまな過酷な現場の話にひたすら耳を傾け続けている。『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)はニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞ノミネートされた。著書に『新型コロナと貧困女子』(宝島新書)、『日本の貧困女子』(SB新書)、『職業としてのAV女優』『ルポ中年童貞』(幻冬舎新書)など多数がある。また『名前のない女たち』シリーズは劇場映画化もされている。

 

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