10月28日(土)から絶賛公開中の『彼女がその名を知らない鳥たち』。原作の沼田まほかるさんのファンはもちろん、誰かと何かを必ず語りたくなる、大人の恋愛ミステリーに惚れ込む人が続出中。最低な大人たちしか出てこないこの物語の中で、とくにイチオシの陣治を演じた阿部サダヲさんに続き、白石和彌監督にお話をうかがいました。
『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』など実録路線のクライムムービーで注目の白石監督。恋愛ものに挑むのは初という監督にうかがうのは、甲斐性なしの男・陣治が十和子に捧げる「深すぎる愛」についてです。
(写真 岡本大輔/構成・インタビュー plus編集部)
8年前に別れた黒崎(竹野内豊)を忘れられない十和子(蒼井優)は、寂しさから15歳年上の男・陣治(阿部サダヲ)と暮らし始める。下品で、貧相で、地位もお金もない陣治。彼を激しく嫌悪しながらも離れられない十和子そんな2人の暮らしを刑事の訪問が脅かす。「黒崎が行方不明だ」と知らされた十和子は、陣治が黒崎を殺したのではないかと疑い始めるが……。
■無償の愛は与えるもの、相手のダメな部分をも吸収するもの
————やはり監督にどうしてもうかがっておきたかったのは、十和子にあんなに足蹴にされながらも、一途な愛を貫く陣治についてです。女性からみたらうれしい部分はあっても男性から見たらどう思うのか。女性が男性に尽くす物語や現実はよく見ますが、その逆パターンは珍しいのではないでしょうか。
男女あまり関係ないような気がしますけどね。男性でも女性に尽くしている人はいるでしょうし、それはその時の立場でいろいろでしょうから。僕も知り合いでキャバクラ嬢を好きになっちゃっていっぱい貢いでる人いますし。それは本人にとっては無償の愛のつもりでしょうから。
逆にこの映画の場合は、十和子が過去の男の黒崎や、新たに関係をもつ水島に、お金とかあれこれ貢いじゃうじゃないですか。一方で陣治もどこかで、十和子と生活を一緒にしてるので、貢いでいるのとは違うかもしれないけど、もっと人生の大きな部分を捧げている感じはすごくありますよね。
————あまり監督の中では違和感がない。
そうですね、僕もそんなに誰かに尽くしたりとか尽くされたりとかはないですけど、この気持ちは分かったんですよね、どこかで。
————その共感できた部分というのは、陣治の行動や性格を含めて具体的にいうとどのあたりにありますか。
生活ですね。性格というよりも。あの汚い部屋を想像すると、陣治が汚いんじゃなくて十和子も一緒に汚いわけですよ。陣治のせいにしてる体(てい)になっているんだけど、いやいやお前も同罪だからな、というのはやっぱりあります。映画では度々、恋愛のテーマは扱われていて、観ていていいなと思うじゃないですか。でもそこで描かれているのは、きれいな恋だったり愛だったりする。だけど、この映画の原作はそうじゃないところがすごくユニークだなと感じました。あと「そうなりたい」という気持ちって誰でもあると思うんです。
————“そう”なりたい?
ちゃんと「この人だ」と思って愛を捧げられる相手が見つかって、実際にそうできる自分をみんな夢想してると思う。だから十和子なんかは、その相手が本当は陣治なんだということに、ただ気づいていないだけ。「他にそういう人がいるはずだ」という勘違いがずっと続いている。でも、たまたま陣治だけはなぜか、何が良かったのか、十和子に気づいた。
————確かに十和子の中でも陣治に惹かれているところがないと、一緒に住むまでには至らなかったと思います。
あまり原作にはなかったので付け加えたのは、最初に陣治と十和子が出会ったとき、陣治はわりと色が白くて、スーツなんか着たりしてシュッとしてるんですよ。それが会社を辞めて、十和子と時間を共有し、なおかつ人生において重大な秘密を抱えた瞬間から、陣治はだんだん汚くなっていくようにしたんです。
それは彼ら2人の濃密な時間が始まったとも言えるんだけど、同時に陣治にとっては、十和子の汚い部分を吸ってあげるフィルターになっているというか。十和子と出会って汚くなっていったというふうに描いたらいいんじゃないかと思った。たぶんそれは、原作からはズレてないと思うんですよ。
————汚れていくのは陣治自らそう願って、ということでしょうか。
映画では「究極の愛」と謳ってるけど実際は「無償の愛」。だけど「無償の愛」って求めるものじゃなくて与えるものじゃないですか。与える以上にさらに相手のダメなところを吸収してあげてるというか。
————吸収してあげる……
言葉にしづらいんですけど、本当はこのままだと精神も体も壊してしまうであろう十和子が、陣治を「馬鹿!」とか罵倒すること自体で、陣治は十和子の中の汚れたものを吸い取ってあげている……そういうイメージの2人にできたらいいなとは思ったんですけどね。
————なるほど。陣治を演じた阿部さんが、はじめから監督の陣治への思い入れはすごかったという話をされていて、「陣治のことを思うと泣ける」と監督がおっしゃっていたそうで。私はまだそのとき、男性目線で陣治に肩入れする感覚にピンときてなくて、なぜでしょうという話をしてしまったのですが。
なぜって言われてもねぇ。
————女性目線では泣けるんですけれども。あえて監督にその泣けるポイントを挙げていただくとしますと。
こんなヒーローいないと思ったんですね。陣治はヒーローだと思ったんですよ。構造としては、十和子は白馬に乗った王子様をずっと探していて、ある重要な欠陥を抱えながら、「なんでこんな奴と暮らしてるんだ」って思っていますよね。でも実は、汚れてるけど近くにもういるんじゃん!って話なんですよ。あの陣治の無償の愛のかけ方は、やっぱり誰にも真似できないというか。
原作者のまほかるさんが元僧侶であることも関係しているんでしょうけど、仏教思想や哲学に少し根ざしているんですよね。だけど説教くさいわけでもない、そういう絶妙な立ち位置が本当にすごいと思います。
※次回は、十和子と陣治を結びつける愛について、さらに話をうかがいます。「生活から染み出る愛」は深くて最強のものでした。11月4日(土)公開予定です。
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