◆STORY◆ 肥大化し身動き不能となった巨大企業「T社」。社内調整専門部署「四七ソ」の香田と奥野に、今日も新たな社内調整指令がくだる。オフィスの中のクソ野郎どもを、スタイリッシュかつアッパーに撃ち殺せ! テイルゲート! ショルダーサーフ! 禁断のオフィスハック技の数々を正義のために行使せよ! ☞ 前回までの話はコチラ
◆#1◆
プロローグ
「ですから、このような事は倫理的にも決して許されず……アグッ!」
峰の視界にスパンコールじみた星が散った。背後から後頭部を銃底で一発。まるで映画のような手際だった。オフィスに銃。法治国家ではあまり馴染みのない絵だが、残念ながら現実だ。
峰はハーマン・ミラー製の黒いチェアから灰色のカーペット床へと転がった。仰向けのまま鼻血が垂れ、喉まで落ちた血が絡んで、ゴボゴボ鳴った。
「どういうつもりだ? 新人なんか送り込んできて」
「後始末の手間が増えちまったぞ」
「なんかマズくないスか。このままやるんですかね」
上等なスーツ姿の男たちが峰を見下ろしている。皆、落ち着き払い、だがどこか他人事のように囁き合う。
「当然すすめるさ。俺はそういう契約で来てるんだ」
”サカグチ” が黒い拳銃を胸のホルスターに仕舞った。峰はその動きを目で追おうとする。いま思えば最初からこの男は臭かった。名刺を出そうとせず、IDはおろか、サカグチがどんな漢字なのかも解らず仕舞いだ。本名かどうかすら怪しい。
「ううッ……」
「お前、まだ意識あるのか。頑丈な奴だな。でも頑張りどころをまるで解っちゃいない」
サカグチは言った。
「いいか、日本は沈没するんだぜ。そんな泥舟にいつまでも乗り込んでいられるほど、我々は呑気じゃない」
歳は三十代後半。きつめのパーマに顎髭。淡いピンク色の混じったストライプシャツ。鋭いネクタイ。やや艶のあるスーツ上下。小洒落た革のスリッポンを素足の上に履いている。峰は反論しようとした。だが言葉が出てこない。もう呂律も回らなかった。
「処理業者、次、何曜日だっけ?」
サカグチが近づいてきた。峰の意識はそこで飛んだ。
◆#2◆
第一話:社内調整:ONDO
(香田くん、疲れてない?)
翼の生えた馬が、おれの名を呼んだ。
(休んじゃっても、いいんだよ? 皆が穴を埋めてくれるよ!)
おれは周囲を見渡した。フェンスの向こうは虹色の山並みだった。眩しい日差しも虹色だった。
太陽を探そうとしたが、空は真っ白で、うまくいかなかった。空から降ってくるのは雨や雪ではなく、虹色のシャボン玉だった。めちゃくちゃメルヘンなやつだった。
やがて空に七色の虹がかかり、さっきおれに呼びかけた馬が、斜めに旋回しながら地上へ降りてきた。このあたりでおれも夢と気づきそうなものだが、そうでもない。
シラフだったなら、それが毎晩付き合いで観ているマイリトルポニーの録画の影響だとわかる。だが夢の中では必死だ。誰だって、チェーンソー男に追いかけられてる夢を見てる最中に、ヘラヘラ笑って「これは夢だな」なんて言える余裕はないだろう。
やがて色が、光が溢れ……その中にチカチカと明滅する数字が現れた。マイリトルポニーのサイケなパステルカラーじゃない。赤と青の、無機質で冷酷なデジタル数字だ。そして砂粒みたいにザラついたニュース番組。下降曲線のグラフ。
おれは笑いながら悲鳴をあげて……目を覚ました。浴室、水を張ったバスタブの中で。
最悪なのは服を着たままだったという事。多分おれは飲みすぎたんだろう。誰と飲んだのかも覚えていない。
時刻は午前4時、木曜日。まだ週の真ん中だ。寝直すか。いや、向き合わなくてはいけない。
おれはスマホを探し求めた。タイルの上に転がっていたが、幸い、水没してはいなかった。おれのスマホは防水らしいが、試したいとは思わない。そういう勇気は育てずに、おれは大人になった。
「世界情勢どうなった、クソッ、ミサイルどうなった……」
じれったい指紋認証を終え、スマホの検索画面に「ドル円」とフリックする。
Googleはおれに、ご丁寧にも小数点以下6ケタまでの数字を教えてくれた。
「110.772464円……!」世界経済は崩壊していなかった。「イエス……!」
おれは小さくガッツポーズを作った。勝利したと思った。実際はまだドル円を買った時より2円以上もビハインドだが、破滅は逃れた。首の皮一枚つながっただけともいえる。だがおれの中ではもう、勝利したも同然の気分だった。
なんで日本の上をミサイルが飛んでいくと、円が買われて円高になるのか、おれにはさっぱり理解できない。円は日本の通貨であることや、北朝鮮はすぐそこであることを、ようやく世界の連中が思い出したのだろうか。もうどうでもいい。救われたからだ。
◆#3◆
濡れた衣類を脱いでその辺に投げ捨て、顔を洗う。夢の記憶と頭痛のせいで妙にテンションが上がってきて、おれはその場でシャドーボクシングをした。テンションの上がりついでに、ルームランナーで走った。大馬鹿だ。
口座の実際の金額は見ないことにした。もしドルが100円を切ったらどうするか。ありっこないはずだが、そんなことになったら、おれは全てを打ち明けるつもりでいた。だがその必要は無くなった。もう大丈夫だ。
「どうだ、見たか。無責任なこと言いやがって、何が1ドル20円に直行だ……!」
この文句は、昨日の夜にTwitterで見た、誰だか知らない奴の無責任なドル円予測に対してだ。今探しても見つからなかった。そんなものだ。おれはその後、時系列がクソみたいにグチャグチャになったTwitterのタイムラインをなんとなく見て、スーツに着替えて、時計を見ると、朝6時。もう完全に勝った気がした。意識も冴えている。これで今日も戦える。
おれは清々しい気分で家を出て、通勤電車に乗った。SNS中毒の学生みたいにスマホにかじりつく生活は、もうやめだ。とはいえ、途中でどうしても気になり、降りる直前に一回だけGoogleに聞いてみた。ドル円は110円半ばを維持している。ロイターニュースも米朝戦争勃発の危機は回避されるだろうと言っていた。
ロイターが言っている。つまりこれは、完全勝利だろう。
朝の丸の内の空気を吸いながら、おれは誰にともなく挑みかかるような気分だった。胸のスマホが揺れ、今朝の世界情勢をおれに伝えてくる。勤務時間中は、1時間に1回のチェックにとどめることを自分に課した。
スマホを鞄の奥底に仕舞い、意識の高いサラリーマンらしく胸を張って歩く。無数のレールが美しく並ぶ東京駅から出て、ゾロゾロと歩くオフィスワーカーに混じって少し歩けば、そこはおれの会社。
名前はT社としておこう。上場していて規模はでかい。無駄にでかいほどだ。給料はいいと思われがちだが、実際はまあ、平均より少し高いだけだし、残業も渋い。ローンや老後の心配は、とても解消できやしない。本当だ。そうでなけりゃ、小遣い稼ぎのドル円なんかに手を出さないだろ? ……まあいい。もうおれは、何故ミサイルが飛ぶと円高になるかについて考えるのをやめたんだ。
おれの意識は職場へとフォーカスしてゆく。103階建てのミラー・ビルディング。立体的で妙に凝った造形、複数の屋上スペースには青々とした木々が植樹され、空中庭園を気取っている。今こうして歩きながら見上げるなかでも、木々を揺らして鳥の群れが飛び立つさまが見えた。
守衛さんが今日も厳めしい。高速で動き続ける回転ドアをタイミングよく通過し、憂鬱な通勤行列に並ぶ。随分余裕をもって出社したんだが、まだ甘かった。このエレベーター待ちの行列がまたヤバい。二十分並んだ事もある。並びながら上司に電話をかけるわけだ。「すいません、エレベーターの行列のせいで、オフィスに辿り着けないんです……」アホすぎる話だ。
さいわい、今日の出勤は早朝。列消化はスムーズだった。おれは100人乗りのエレベーターに詰め込まれ、他の連中同様にじっと前を見て黙り込んでいた。高速エレベーターは階層ごとにいくつもあり、こいつは50階で止まる。おれはそこから階段を使って1フロア上がり、日陰部署やスタートアップ部署が集まる51階へ。さらにその片隅の、誰も来ないような一角へ。エントランスホールと同様、カードキーを使って小さなオフィスに入った。
「ア……おはようございます」
おれは室長と奥野さんに挨拶した。少し狼狽えた。早朝出勤のつもりだったが、二人は当然のように出社している。
「どうも。おはようございます。香田さん」
奥野さんが挨拶を返してくれる。おれの親父ぐらいの歳だが、親父とはまるで別種の生き物だ。背が高く、雰囲気が高倉健に似ている。顔がじゃなくて、雰囲気が。
この人は再就職で先月末に入社してきた人で、一応、おれが職務上のメンターという立場だ。つまり、年上の部下。一番やりづらい関係だ。しかも高倉健に似ている。雰囲気が。どう接するのが正解なんだ?
◆to be continued......感想はハッシュタグ #dhtls へ◆
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