2017年7月18日、日野原重明さんが105歳という年齢でこの世を去られたことは、みなさんの記憶に新しいと思います。2016年年末から始まったインタビューでは、「読んでくれる一人一人と対話しているような本にしたい」という日野原さんの希望を受けて、様々な質問に答えていただく形で進んでいきました。
105歳という長い人生を生ききった日野原重明さんが、死の直前まで私たちに伝え続けたメッセージとはなんだったのか。
最後の本となった『生きていくあなたへ 105歳 どうしても遺したかった言葉』より、その対話の一部を紹介させていただきます。
<質問>
「核家族や、子どもを持たない夫婦など、様々な家庭の形が増えていますが、先生にとって家族とはどんなものでしょうか?」
家族とは「一緒に食卓を囲む存在」。血のつながりは関係ありません。
「家族とは何か」と問われたら、僕は「一緒に食卓を囲む存在」だと答えます。そこに血のつながりは関係ありません。
食事をともにできるということ、それ自体がどんなに素晴らしいことか。
それはホームドラマに出てくるような理想の家族団らん、笑顔でいっぱいの食卓でなくてもいいのです。あたりまえのように食卓につき一緒に食事ができるということ、それ自体が家族に許された特別な恵みなのです。
あなたがあたたかい家庭をつくりたいと思うなら、ぜひその人と食事をともにしてみてください。一緒に食事ができること、それが与えられたことの喜びと感謝を、相手と分かち合ってほしいと思います。世の中には、どんなに望んでも大切な人と食事をすることができない人が大勢いるのです。
僕の家族は、日々の食事を通して、僕の好き嫌いや健康状態に気を配ってくれる。これほど嬉しいことはないですね。これこそが食事をともにすることで得られる絆なのです。日々感謝の気持ちでいっぱいです。
レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐(ばんさん)』という絵があります。ここにはイエス・キリストが弟子達と晩餐をともにしている様子が描かれています。食事をともにすることで、イエスが弟子達と家族のように一体化している、最高の姿だと思います。
弟子達の中にはイエスを裏切ろうとする者もいますが、イエスはそれを知りながらもともに食事をしようとするのですから、深く考えさせられる情景です。
イエスが裏切り者とも一緒に食事をしたのと同じように、あなたも自分にとっていつも都合のいい人とだけ食卓を囲めるわけではないでしょう。
家族というのは長い年月をともにするものなので、様々な時期があると思います。それでも家族になったのだから、一緒に食事をする。
そんな風に考えていれば、きっと本当の意味での家族をつくることができるのではないでしょうか。
僕達が誰かと仲良くなりたいなと思ったとき、相手に「ごはん食べに行こうよ」と誘うのも、食事をすることで一体感が生まれるということを、家庭の中で学んできたからなのではないかと思うのです。
日野原重明さんが最後に伝えたかったこと
2017年7月18日、日野原重明さんが105歳という年齢でこの世を去られたことは、みなさんの記憶に新しいと思います。
2016年年末から始まったインタビューでは、「読んでくれる一人一人と対話しているような本にしたい」という日野原さんの希望を受けて、様々な質問に答えていただく形で進んでいきました。「これが私の最後の使命です」とおっしゃりながら、時にはベッドで横たわりながらも、深く優しく強い言葉をつむがれていた日野原さん。
105歳という長い人生を生ききった日野原重明さんが、死の直前まで私たちに伝え続けたメッセージとはなんだったのか。
9月28日に発売する『生きていくあなたへ 105歳 どうしても遺したかった言葉』より、その対話の一部を紹介させていただきます。