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なぜ京都は、1200年経っても古臭くならないのか?

2018.01.02 公開 ポスト

第4回

昔はあそこの△△も旨かったんやけどなあ石川拓治

イケズ――京都人は排他的で底意地が悪く、何を考えてるかわからないという。腹の底で何を考えているのかわからないのは誰だって同じなのに、なぜ京都人だけがそう揶揄されるのか。丁寧な取材と考察を重ねて、京文化の伝統「イケズ」の秘密に迫った幻冬舎新書『京都・イケズの正体』を全5回で試し読み!

(写真:iStock/AH86)

昔はあそこの△△も旨かったんやけどなあ

 唯一無二の個性などというと物々しいけれど、それは必ずしも世間の耳目を驚かすような大袈裟なものばかりではない。関心のない人にとってはたとえごく微妙な差違であっても、オリジナルであれば認めるという風も京都にはある。

 たとえば、ちりめん山椒だ。

 ちりめんはちりめんじゃこの略で、漢字で書けば縮緬雑魚。カタクチイワシやイカナゴ、シロウオなどの稚魚を塩茹でして干したもので、関東ではしらす干しという。

 このちりめんじゃこと山椒の実を、醬油や酒、味醂(みりん)などで炊き合わせた総菜が、ちりめん山椒。いや、もちろんそれくらいは誰でも知っている。

 今や八ツ橋と並ぶ、有名な京土産だ。軽くて、手頃で、気が利いている。

 問題は、ちりめん山椒の「老舗」が無数にあることだ。

 どうせなら京都でいちばんおいしいちりめん山椒が食べてみたい。

 さて、どこのちりめん山椒がいいか。

 この問題はけっこう難しい。

 ネットは正直、アテにならない。ちょっと検索してみればわかるけれど、ちりめん山椒愛好家という人がけっこういたりする。けれど京都中のちりめん山椒を食べてみましたとか、京都の三大ちりめん山椒はこれだとか、百家争鳴議論百出で結論は出ていない。しかも情報が玉石混淆(こんこう)で、どれを信じればいいかよくわからない。

 旅先でこの手の問題に出会したときの手っ取り早い相談相手は、地元のタクシーの運転手さんと昔から相場が決まっていたのだけれど、この「ちりめん山椒問題」に関していうと、話がちょっとばかり面倒になったりする。

 たとえばこんな感じに。

 

「運転手さん、ちりめん山椒の店って京都にはたくさんあるけど、どこのがいちばんおいしいと思います?」

「お好みがありますからねえ。一概にどこがいちばん言うのは難しいんとちゃいますか」

「じゃあ運転手さんはどこのが好きですか」

「そうですねえ……。お客さんはどこかお好きなとこあるんですか」

「僕は△△△ですね。今までの人生で、あんなにおいしいちりめん山椒を僕は食べたことない。まあ、他のは食べたことないんだけど……」

「ああ、△△△ですか。そうですねえ。確かに△△△もおいしいですねえ」

 

 だいたいこんな感じで、はっきり答えを出してくれない。

 これはたぶん、客に気を遣っているのだ。下手にどこのがおいしいとはっきり言ってしまうと、客の考えと衝突する可能性がある。

「どこのちりめん山椒がおいしいですか」と聞く客には二種類あるということを、彼らは経験的に知っている。

 ひとつはほんとうにまったく何の知識もなくて、純粋にどこがおいしいかを知りたい客。

 もうひとつは、実はどこか贔屓(ひいき)の店があったり、あるいは宿屋かどこかでおいしいという話を聞いていたりして、そこがほんとうにおいしいかどうかを確かめたい客。

 客が後者の場合を想定して、適当にお茶を濁すわけだ。いやもちろん、それは運転手さんの個性にもよる。中には、「そらもう〇〇のおじゃこがいちばんでっせ!」と教えてくれるタイプもいないわけじゃない。

 けれど、基本的には断言しない。極端な話が、後ろに乗っている客が実はどこかのちりめん山椒屋の大将だったということだって、ないわけではない。

 だから、そういう「どこがいちばんか問題」に関しては、曖昧に答えること。

 タクシーの正しい接客マニュアルには、きっとそう書いてある。

 けれど、そこで話を終わらせたら子どもの使いだ。タクシーの運転手とのほんとうの会話は、そこから始まると言っていい。

 このケースなら、「も」につけいる隙がある。

 

「運転手さん今、『△△△も』って言いましたよね。ということは、他にも△△△と同じくらいおいしいところがあるということですよね」

「え? ああ……、ま、まあ、そうなりますね(笑)」

「どこですか?」

「いや△△△さんはほんまにおいしいから、昔は私もよう××町のお店まで行ってたんですけどね。実はね、最近は〇〇〇さんばっかりになりました」

「〇〇〇ですか。初めて聞きました。どこにあるんですか?」

「いやそれが、実はウチの近所の住宅街の中にあるんですわ。ちょっと見では普通のお宅と見分けがつかへん。そいでねお客さん、そこのちりめん山椒は……」

 

 客に調子を合わせるのが運転手の政治的に正しいマナーとすれば、「も」はどう考えても余計だ。「そうですねえ。やはり△△△さんがいちばんやと思います。お客さんよう知ってはりますねえ」とでも答えておけば話はそれで終わる。地雷は回避できる。

 なのについ「も」を入れてしまうのは、運転手のちりめん山椒への愛ゆえだ。

 つまり彼は、「ちりめん山椒なんてどれもこれもたいして変わらないだろう」とは、思っていないということだ。カタクチイワシの稚魚を山椒と炊き合わせるという、極めてシンプルな料理でありながら、でき上がるちりめん山椒は作り手によって千差万別の表情を見せる……と、少なくとも彼は信じている。

*   *   *

つづく(次回更新は1月4日です)

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なぜ京都は、1200年経っても古臭くならないのか?

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石川拓治

1961年生まれ。早稲田大学法学部卒業。フリーランスライター。
2008年刊行のノンフィクション『奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録』が映画化され累計45万部のベストセラーに。
その他の著書に、『天才シェフの絶対温度 「HAJIME」米田肇の物語』(幻冬舎文庫)、『新宿ベル・エポック』(小学館)、『茶色のシマウマ、世界を変える』(ダイヤモンド社)など。

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