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本屋の時間

2018.01.03 公開 ポスト

第29回

大阪から来た男辻山良雄

iStock/Pra-chid

 あけましておめでとうございます。今年も「本屋の時間」をよろしくお願いします。

 昨年は1月に『本屋、はじめました』、11月に『365日のほん』という2冊の本を出版しました。本屋の店主が本を書くということは、いつでも会いに行ける著者になるということでもあると、出版したあとから気がつきました。昨年は実際に、「本を読んで店に来ました」とお話しされるかたが、Titleに数多くいらっしゃいました。

『本屋、はじめました』が発売になり何か月か経ったころ、休憩から戻ると見慣れない男性がニコニコしながらそこに立っていました。「あれ、どこかでお会いした人かな……」と思っていたら、「大阪から本を読んで来ました。わたしも会社を辞めて、自分で八百屋をやろうか迷っていましたが、この本に背中を押されてはじめることにしました。会社ももう辞めます。今日はそのきっかけになった、この店を見ておきたいと思って来ました」と爽やかに告げられました。

(ちょちょちょっと……。そんなこと突然言われても責任取れませんし‼)とあっけにとられたような顔をしていたら、その男性は「まあ、急にそんなこと言われても困りますよね」とこちらの心中を察したかのように、穏やかに笑いました。

 大きなチェーンのスーパーマーケットを辞め、町に根差した八百屋をはじめる。そのこと自体にも驚きましたが、もっと驚いたのは、自分の知らないところで誰かが自分の書いた文章を読み、それによって人生を変えるような決断をする、そんなことが本当に起こりえるのだ ということです。本を書いているときは、誰に向けて書いているのかもわからず、「もしかしたら自分は独りよがりのことを、やっているだけなのではないのか」と不安になることもありましたが、本を読んだという人と実際に話をしてみると「一冊の本は、自分が予想もしなかったところまで届いていくものなのか……」とそのたびに驚きました。遠くからわざわざ店にやって来た人に、本の持つ静かな力を教えてもらった、嬉しくも身の引き締まる瞬間でした。

 

今回のおすすめ本

 

伊丹十三『ぼくの伯父さん』(つるとはな)

 伊丹十三の新刊が、この時代に刊行されるとは思わなかった。スマートで洒落ていて、程よく嫌味な変わらないスタイル。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー

三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念

東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。

※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

◯【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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