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知られざる北斎

2018.01.19 公開 ポスト

ジャポニズムが起きていなければ「世界の北斎」は誕生しえなかった神山典士

葛飾北斎はなぜ「世界の北斎」になったのか?
国内と世界各地を回って取材しているノンフィクション作家、神山典士です。
今春書き下ろす「知られざる北斎」(仮題)一部抜粋してご紹介させてください。

「濤図(なみず)」の「男浪・女浪(おなみ・めなみ)」一対


北斎に夢中のノンフィクション作家神山典士です。現在執筆中の書籍「知られざる北斎(仮)」の原稿です。触りだけ見てやってください。

浮世絵の価値、知らないのは日本人だけ?

 


150年を隔てた2つの熱狂に共通していることはこれだけではない。
一部の愛好家の熱狂と、一般大衆の無関心という構図も、二つのムーブメントに共通している。
パリの展覧会の現場では、多くの愛好家が日本美術(浮世絵、アニメ)に群がっているのに、同時代の一般市民のほとんどはこのムーブメントを知らないか、軽く受け流している。
日本人自身も、遠くヨーロッパでこんなに熱狂的に自国の文化が受け入れられていることを、ごく一部の関係者を除けばあまり知らないことも共通している。

現代を生きる私たちは、「ジャポン・エクスポ」で躍動するマンガやアニメのキャラクターたちを、子供の遊び道具としか思っていない。私自身浴衣をコスプレと言われると、むきになって反論してしまう。けれどここに集う愛好家にとってコスプレは憧れであり夢であり、尊敬のシンボルなのだ。

現代のアニメと同様、かつて浮世絵も町中にある絵双紙屋で20文から30文(約320円から480円)、かけそば一杯程度の値段で買え、いっとき壁に飾って楽しむ娯楽品だった。そこには人気役者や力士が描かれていたのだから、いまのカレンダーの絵やアイドルのポスターに近い。
けれどヨーロッパの愛好家やアーティストたちは、その中に自分たちの芸術が持っていなかった美術的センスを見出し、価値を認めコレクションの対象とした。その熱狂に気付くまで、日本の古道具商や絵双紙屋は、横浜に店を出した海外資本の美術商等から浮世絵の注文が入るたびに、「また浮世絵の注文が来た、面倒だな」とばかりに二束三文で売っていた。

仮にこの時代にヨーロッパの美術界が浮世絵の価値に気付いていなかったらどうだったか。2017年11月、「北斎展」を開催中の大阪あべのハルカス美術館館長、浅野秀剛氏はこう言う。
「間違いなく日本に現存する浮世絵は現在の3分の1から4分の1だったでしょう。貴重な作品はことごとくなくなっていたはず。現在のように美術館で浮世絵展を開くことも難しかったかもしれない」

あぁ日本人の「自己肯定感の欠如」よ!
現在でもふるさとの魅力を発掘し町おこしをするには「よそ者、若者、馬鹿者」といった異文化の視点が必要だと言われるが、今に始まったことではない。約150年前の明治維新期には、江戸期の庶民文化である浮世絵を、自ら価値として認めることができなかった。浮世絵だけではない。明治維新後には奈良の興福寺で五重の塔が一節によれば25円、他説をとっても250円で売却されかけたと言われる。
薩長中心の新政府の狙いは、旧幕府の行ってきた政策や培ってきた文化を根絶し、「王政復古=天皇を頂点とする近代国家」をいち早く成立させることだった。その過程で江戸時代の風情を現した浮世絵などは、唾棄に等しい文化だったのだ。

だから絶滅寸前の浮世絵を救ったのは、ヨーロッパ文化だった。その中でも最大の人気を誇ったのは葛飾北斎。
北斎がのちに「世界の北斎」となったのは、まさにジャポニズムが生れたこのタイミングで作品がヨーロッパにもたらされたからに他ならない。

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知られざる北斎

「冨嶽三十六景」「神奈川沖浪裏」などで知られる天才・葛飾北斎。ゴッホ、モネ、ドビュッシーなど世界の芸術家たちに多大な影響を与え、今もつづくジャポニスム・ブームを巻き起こした北斎とは、いったい何者だったのか? 『ペテン師と天才 佐村河内事件の全貌』で第45回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した稀代のノンフィクション作家・神山典士さんが北斎のすべてを解き明かす『知られざる北斎(仮)』(2018年夏、小社刊予定)より、執筆中の原稿を公開します。

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神山典士

ノンフィクション作家。1960年埼玉県入間市生まれ。信州大学人文学部卒業。96年『ライオンの夢、コンデ・コマ=前田光世伝』にて第三回小学館ノンフィクション賞優秀賞受賞。2012年度『ピアノはともだち、奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』が青少年読書感想文全国コンクール課題図書選定。14年「佐村河内守事件」報道により、第45回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)受賞。「異文化」「表現者」「アウトロー」をテーマに、様々なジャンルの主人公を追い続けている。

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