ネットに、テレビに、新聞に……日々溢れる医療・健康情報。それも、それぞれ科学的根拠や統計、資料などを駆使し、いかにも説得力のある気配をもたらしている。だが問題は、「それらがしばしば正反対の意見を主張することだ。そして私たちはついなるほどと納得し、きのうは東、きょうは西と流されてしまう――」。健康への過剰な不安から右往左往するこの暮らしぶりを、私たちはこのまま続けていくのか? 衝撃の話題作『健康という病』(五木寛之著)から、大反響の箇所を抜粋してお届けします。
小学館から出ている健康関連本のなかに〈片寄斗史子(かたよせとしこ)聞き書きシリーズ〉という一連の出版物がある。
片寄さんは私が信頼するベテラン編集者で、このシリーズも良心的な健康本として愛読してきた。
その中に『膝、復活』という一冊がある。巽(たつみ)一郎さんという整形外科の専門医で、湘南鎌倉総合病院の人工膝関節センター長をされているかたのお話しをまとめたもので、このシリーズのなかでも特に読みごたえのある良書である。
なによりも私が巽医師の言葉に共感したのは、手術の専門家でありながらできるだけ手術をしないように治療する、という姿勢だった。専門家はだれでも自分の得意分野で勝負したいものだ。にもかかわらず、患者が自主的に行う保存療法をすすめる姿勢に深く共感したのである。
数年前から左脚の痛みと歩行困難に悩まされてきた私は早速、巽医師がすすめる3つの療法、減量、歩行、筋肉運動にとりかかろうとしたが、体重はもう2、3キロ欲しいというくらいで問題はない。大腿四頭筋(だいたいしとうきん)の鍛錬のほうは二日と続かなかった。いまは辛うじて残された正しい歩行だけを実践中である。
そんな巽医師の発言で、おや、と思ったのは、「絶食のすすめ」というくだりである。肉と砂糖は排除、という意見はともかくとして、「週に一日だけの絶食」を推奨されていることだ。さまざまな体験や実例から、それをすすめておられるのである。
「食べない」ことに関しては私も昔から同じ意見なので、我が意をえたりという感じだった。しかし、この〈絶食〉〈断食〉に関しては、断乎(だんこ)反対する専門家がいることも事実である。
〈絶食だけはやめなさい〉という意見を述べている専門家の文章を読んで、なるほど、と思うこともあった。しかし、私はもともと少食なたちなので、仕事をしているうちに、つい一日中なにも口にしなかった、などということが度々ある。いずれにせよ、専門家の意見にもいろいろあると思えばまちがいない。要するに問題は、そういう発言に触れて、きのうは東、きょうは西といった座標の定まらない暮らしぶりが問題なのだ。
健康情報の氾濫は、かつてなかったほどの勢いで現在の私たちを押し流そうとしている。そのなかで、どこに自分の座標軸をおくべきだろうか。そこが問題だ。
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健康という病
健康を過度に気遣うことは深刻な病気である――。連日メディアに溢れる健康情報。過剰な不安から、情報に右往左往し続けるこの暮らしぶりを、私たちはこれからも続けていくのか? 「座標軸は身体の声」「健康法には正反対の意見がつねにあると心得る」等、健康ストレス=心の老廃物をみるみる流す処方箋。