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健康という病

2018.02.04 公開 ポスト

養生は趣味くらいがちょうどいい

ネットに、テレビに、新聞に……日々溢れる医療・健康情報。健康への過剰な不安から、それらの情報に右往左往するこの暮らしぶりを、私たちはこのまま続けていくのか? 衝撃の話題作『健康という病』(五木寛之著)から、大反響の箇所を抜粋してお届けします。
 

littlehenrabi/iStock

 健康論や養生に関して、趣味として取り組むのはいい。私は健康にまつわる主題を、一種の道楽として考えている。鉄道ファンもいれば、フィギュアの蒐集家(しゅうしゅうか)もいるようなものだ。

 しかし、あまり熱心に健康について考えるのは、いささか問題ではないだろうか。

 たしかに健康にこだわる気持ちはわからぬでもない。1000兆円以上を抱えた国の負債、ハイパーインフレのおそれ、極東をめぐる国際政情の不安などを考えると、一体なにを頼りにして生きていけばいいのか見当がつかない。金を買え、ドルを買え、国外に資産を移せ、などと教える評論家もいるが、それはかなりの資産家へのアドバイスだろう。

 大災害がきても、超インフレになっても、テポドンが落下しても、そこで価値の変らないものは何か。

 それが健康だ、と一般の人びとは考える。健康は貧者の資産であり富者のアクセサリーである。かくして健康はドルよりも、国債よりも、金よりも安定した価値あるものとみなされる。

 現在の健康ブームの背景には、そんな時代の不安がひそんでいるのではあるまいか。

 健康論では、常に生活習慣という思想がつきまとう。いつの頃からか、病気の最大の原因は生活習慣の乱れ、ということになってきた。食事も、睡眠も、運動も、嗜好(しこう)も、その観点から裁断される。日本酒よりワインがよい、ワインより焼酎、ウイスキーがよい、などと喧(かまびす)しい限りだ。最近はビールのプリン体無罪論もでてきて、ビール党を狂喜させている。炭水化物排斥論も一段落ついて、安心してカツ丼をドカ食いしている若者もいる。

 しかし、一挙手一投足、一日数膳の食事にそれほど気をつける必要がはたしてあるのだろうか。糖分を一切拒否すれば、はたして健康は保てるものだろうか。

 カフェインをとるとがんにならない、などという記事を信用して、コーヒーをがぶ飲みしたところで絶対にがんが避けられるわけでもないだろう。

 過度に健康を気づかうことは、一種の病気かもしれない。氾濫する健康記事、健康番組に一喜一憂するのは、健康という病である。

 かたよった食生活を続けて長命だった先輩もいた。神経質なくらいに生活習慣を律して、早逝した友人もいた。まったく野菜を食べないで長く生きている人物もいる。歯を磨いたことがないという人で、80歳で全部自歯という人もいる。世の中は理屈どおりにはいかないものなのだ。

 

 健康ノイローゼだけは避けたい

 きょうも新聞に健康関連記事の大見出しが躍っている。週刊誌も、テレビ番組も、なにやら恐ろしげな病気について論じている。

 ある意味で、私たちは健康ノイローゼにおちいっているのではないか。朝、目を覚ませば病気がやってくる、街を歩けば病原菌ばかり、といった雰囲気だ。そしてそれらの健康記事は、それぞれなかなか良く出来ていて説得力があるから困ったものだ。

 べつに体調に異常がなくても、ああではないか、こうではないかと想像して不安になってしまうのだ。

 たしかに世の中に病人は多い。なんらかの異常を感じつつ暮らしている人々も大勢いるだろう。

 だが、10年、15年使った車でも、それなりに走るのだ。工場に入れて徹底的に調べれば、たぶんあちこちに不具合いや問題点が発見されるにちがいない。それでもガタピシとオンボロ車でも走るのである。

 警戒しても用心しても、病気になるときはなるのではないか。どんなに神経質に気をつけて暮らしていても、必ずしも健康を維持できるとは限らない。

 酒は飲みすぎないほうがいい。煙草も吸いすぎるのはよくない。万事につけほどほどにして、極端に走らないことが健康に対する正しい姿勢かもしれない。

 人には生まれつき、ということがある。運ということもある。私が尊敬しているある健康法の創始者は、かなり早く世を去った。そのかたの高弟に、いちどぶしつけな質問をしたことがある。

「あれだけのかたが、どうしてわりと早く亡くなられたんでしょうか」

 すると、その人は少し考えて、こう答えた。

「先生は生まれつき虚弱な体質で、子供のころは二十歳までは生きられないだろうと周囲から言われていたそうです。そのかたが50歳過ぎまで存命なさったことは、先生の養生法がいかに正しかったかということではないでしょうか」

 これを巧みな言いのがれだとは私は思わない。短命に生まれる人もいる。逆境の中で長寿を保つ人もいる。健康に気をつかって日々好日を娯(たの)しんでいらっしゃるかたも、その反対のかたもいらっしゃる。

 運命をはね返す生き方もあるだろうが、必ずしも万人に通用する生き方ではない。一応、それなりに健康を気づかいつつ、気楽に暮らすというのがいま考えられる最良の健康法なのではあるまいか。

 

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健康という病

健康を過度に気遣うことは深刻な病気である――。連日メディアに溢れる健康情報。過剰な不安から、情報に右往左往し続けるこの暮らしぶりを、私たちはこれからも続けていくのか? 「座標軸は身体の声」「健康法には正反対の意見がつねにあると心得る」等、健康ストレス=心の老廃物をみるみる流す処方箋。

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