この度、阿佐ヶ谷姉妹の初書籍『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』が発売になりました!本サイトの連載エッセイはもちろん、書き下ろしのエッセイと小説も加わった盛りだくさんな内容。こちらのリバイバル掲載をお楽しみ頂きつつ、ぜひ書店でお探し頂けたら幸いです。
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みほさんが、自分の分だけ、シチューをよそってきました。
この一見なんともない当たり前の行為に気持ちのぐらついた、小さい人間のお話を聞いていただけたら。
引っ越ししてそれぞれ暮らしになっても、お隣同士ということもあって、お昼や夕飯は一緒に食べたりします。
私がどのような家具調コタツを買うか、いまだに迷っているためテーブルがなく、まだこちらでは食卓を囲めません。
また、みほさん宅には、二口コンロのスペースがあるのですが、えりこ宅は備え付けの一口コンロしかなく。だからと言ってみほ宅でばかり調理していては、ガス代のバランスが悪いので、メインはみほさん宅で作って、副菜一品をえりこ宅のキッチンで、そそと作って持って行ったりしております。先日はピーマンの煮浸し、その前はビーフストロガノフ風煮込みを持っておじゃましました。
この日は、みほさん主導でクリームシチューを作ってくれたので、私はちょっとしたお手伝いをすまし、副菜やスプーンなどをテーブルに並べて、部屋でテレビを見ていました。
するとみほさんは、湯気の出る根菜たっぷりの美味しそうなシチューを、自分の分だけよそってきて、いただきますと言って食べ始めたのです。
あれ?私の分は?と思ってしまった私。みほさん、お皿一杯分のシチューを作ったわけじゃないわよね。一杯のかけそば的な感じで、数口飲んだら私に食べる順番が回ってくるわけじゃないわよね。
ということは、私の分は、台所から自分でよそってって事なんですね。
ふーん、私がお料理作った時は、たいてい二人分テーブルに持ってくるけど。
確かにお互い自分の分だけ持ってくる時もあるけど、そういう時は「自分の好きな分、よそって下さい」とか、ひとこと声かけするし、みほさんも今まではしてくれていたし。
ケンカしたわけでもなく、みほさんの機嫌もそんなに悪くもないように見えてたけど。むしろ狭い台所でまあまあな連携プレーでお料理作っていたはずなんだけど。うーん、私なら持ってくるけどな。
これが前からずっとだったり、今日に限ってなら、ここまで気にかけなかったかもしれないのですが、実はみほさん、この間シチューをした時もよそってきてくれなかったのです。引っ越してから二回目!!
ふーん、そうなんだ、ふーん。
二人の部屋からみほさんの部屋になったとても、間取りは変わらず6畳1Kの狭い部屋です。こたつから立ち上がり、シチュー鍋まで5歩。自分の好きな分をよそって、また5歩。おそらく何カロリーも使わぬ動作で、シチューをゲットできます。
いい歳をした女が、「なぜシチューをよそってくれないの」と、同じ位いい歳をした女につっかかるなんて、何だかあまりに器の小さい人間のようで言葉に出せず。普通に自分でよそってきて、普通のやりとりをして、ごちそうさまをして、隣の部屋に戻りました。
自分の部屋に戻ってから、何だか無性に切ない気持ちになってしまいました。
理由は間違いなく「シチューをよそってもらえなかった」という一点。
こんな小さな事に引っかかっている自分も情けないのだけれど、どうにものどに刺さったお魚の骨のように、気にかかってしかたないのです。
しばらく、みほめ〜あの冷血人間め〜なんてカリカリしていましたが、こう考え始めました。
「私だったら、持ってくるけど」という考え方が違っているのかしら。私がそうしているから、あちらにもそうしてもらえるものだと思っている所から、ものさしが狂い始めるのかも、と。
実際夫婦でも家族でもない二人が、たまたま生活様式を共にしているだけで、本来は個々。
むしろ、私がみほさんにしている事は、頼まれてやっている事でもなく、こちらがよしとしてやっていることなのだから、それを相手に勝手に求めて勝手に腹を立てたりするのは、変な話で。
やってもらう事は「必須」でなく「サービス」なのだ。
そう思うと、落ち着いてきました。
次の食事の時、豚汁だったのですが、みほさん私の分もよそってきてくれました。
いや、持ってこないパターンで通さへんのかい!
心の中で下手な関西弁ツッコミしましたが、いつもよりさらにありがたく、おいしくいただけました。
みほさんの豚汁は、しょうが多めで白滝入りで、シチューに負けず劣らずとても美味しいです。
さて、二人暮らしでの由無し事を綴ってきたこの連載も、今回で一区切りになります。Yahooニュースなどにも載せていただき、「朝の忙しい中、何を読まされているんだ」と思われた方も多いかもしれません。が、お優しい反応も多く、それに支えられてまいりました。本当にありがとうございました。
またありがたい事に、このエッセイが書き下ろしを加えて書籍化される運びとなりました。初夏頃の予定です。宜しければ頭の片隅にでも留めておいていただければ幸いです。
そして、こんな阿佐ヶ谷姉妹をこれからも見守っていただければ幸いです。(姉・江里子)
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