裁判経験豊富な弁護士が、世間で「トンデモ判決」と言われる48の裁判を読み解き、痛快にジャッジする『裁判官・非常識な判決48選』より、気の毒ながらも笑ってしまうようなお話をご紹介します。
●訴えの内容
被告人は、交際相手の家のドアを蹴破り、蹴破った穴から通路内に入った。ドアを破壊した点が器物損壊罪にあたる
●判決
審理の結果、胸囲が101センチで、背中から乳首までの距離が29センチある被告人は、横24センチのドアにある穴をくぐり抜けることはできなかったと判断する。この結果やほかの証拠をみると被告人が有罪であるとは証明できない。よって被告人は無罪
(東京高裁平成20年3月3日判決)
おっぱいの大きさが争点となり、被告人は逆転無罪!
この判決も、出た直後にはニュースを賑わせました。
問題となった事案の内容は、とある女性タレントが、交際相手の自宅ドアを蹴破り、その穴から通路内に入ってきたというもの。
判決文から読み取るに、被告人はBと交際しており、事件の朝方Bの家を訪れたそうです。その時Bの家には、Cという女性がいました。
Cという女性とBとの関係は不明。判決によれば、その後Bは部屋を出て、コンビニにアメリカンドッグを買いに行きました。そしてBが部屋に戻ると、被告人とCとがつかみ合いのケンカをしていました。
Bは、Cと被告人がケンカをしているのをみて仲裁に入り、被告人を落ち着かせようとしてドアの外に出した際、被告人がドアを蹴破ってその穴から通路内へ入ったと主張しました。最終的に事件の目撃者が110番通報し、被告人は逮捕されてしまいます。
これに対して、被告人はドアを蹴破ったのはBであり自分ではない、また蹴破った穴をくぐり抜けることはできなかったと否定しています。
刑罰の対象となったのは、被告人がドアを蹴破ったかどうかという器物損壊行為でしたが、注目されたのはその女性タレントが実際にドアをくぐり抜けることができたかどうかという点でした。
ドアを蹴破ったかどうかという点と、被告人がドアをくぐり抜けられたかという点は厳密には無関係ですが、ドアをくぐり抜けたという検察側の起訴事実が否定されれば、ドアを蹴破ったという起訴事実にも信用性がなくなり、無罪となる可能性があるのです。
裁判の一審判決では、ドアをくぐり抜けることは可能だったとし、この女性タレントは有罪となりました。しかし、その後の高裁判決では、逆転無罪判決となったのです。
高裁では、弁護人が「そもそも被告人はドアの穴をくぐり抜けることはできなかった」と主張し、その証明として、実際のドアの穴と同じ大きさの模型を作製して、くぐり抜けることができるかどうかの実験を行いました。
その結果、胸囲101センチで胸部前後径(背中から乳首までの距離)が29センチの被告人は、約24センチの穴を通り抜けることはできない、ということになったのです。
私はこの判決で、背中から乳首までの距離のことを、正式名称では「胸部前後径」と呼ぶことを初めて知りました。当時弁護人が検証をした様子は、インターネットなどで検索すると見ることができます。
報道では、巨乳のためにドアの穴をくぐることができなかった、という点が強調されていますが、無罪の原因はそれだけではありません。
関係者であるBや目撃者の供述内容が信用できなかったなどの理由もいろいろとあったうえで、無罪とされています。
無罪となった判決をみると、ドアの穴の大きさや当時の被告人の服装などを緻密に検討し、被告人がドアをくぐり抜けることができたかなどをしっかりと検討しています。
その意味で、とても丁寧で誠実な判決だと思いますが、法廷で被告人の胸部が穴につっかえている様子を真剣に観察したり、胸部の大きさなどを真面目に検討している裁判官の姿を想像すると、ちょっと微笑ましく感じてしまうのは私だけではないでしょう……。
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裁判官・非常識な判決48選
一般人の感覚では「非常識」としか思えない判決が目につく昨今。裁判官が頭でっかちで世間知らずだからこうなるのか? それとも実は、当事者のやむをえない事情を汲みつくした上での英断なのか? 裁判経験豊富な弁護士が、世間で「トンデモ判決」と言われる48の裁判を読み解き、痛快にジャッジする『裁判官・非常識な判決48選』。