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ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで

2020.05.31 公開 ポスト

第五回 私利私欲の百貨店へいらっしゃいませ

週刊誌好きは「イヤミス」が好き!?の法則【祝!デパート再開記念再掲】

緊急事態宣言も解除され、通常の生活ーーというより「新しい」日常を始めることになった私たち。そんな中でデパートの再開は物理的にも精神的にも嬉しいニュースです。再開記念と題しまして、4月に文庫になって装い新たに発売されたデパートの外商が主人公の小説『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』の魅力をご紹介させていただきます。

*   *   *

読書好きの方ならご存知かもしれませんが、「イヤミス」というジャンルが小説にはあります。その人気の理由が、実は昨今流行りの「不倫騒動」や「文春砲」と関係がある……といっても過言ではありません。今回は、そんな「イヤミス」の中でも「笑えるイヤミス」という新しいジャンルに挑戦した真梨幸子さんの小説『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』から、「イヤミス」人気の理由を紐解いていければと思います。

週刊誌大好き日本人とイヤミスの好相性

「イヤミス」とは、ミステリー小説の一種で、読んだ後に「嫌な気分」になる小説のことをいいます。人間心の奥に潜む本音や本性など、見たくないと思いながらもついつい覗いてみたくなり読み進めてしまう、嫌汗がたっぷり出るような後味の悪い小説のことを指します。「ついつい見たくなる」という意味では、週刊誌報道がそうではないでしょうか。「他人の不倫騒動なんてどうでもいい」なんて口では言いながら、ついついそのゴシップを追いかけてしまうのが人間の性というものです。……そうなのです。「人間の性」を描いている小説こそ、「イヤミス」。だから読み始めたら読む手が止まらないのはそれもそのはず。週刊誌を捲るのと同じ好奇心で我々はイヤミスを読み進めてしまうのです。

半分のリアルと半分のエンタメ

笑えるお仕事イヤミス『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』は殺人以外、お客のご用命とあらばなんでもする敏腕外商・大塚佐恵子が主人公の物語。本文には以下のような、最近「よく見る」ゴシップが登場する。

豪徳リンダは、今、逆境にいる。とある俳優との不倫が週刊誌にリークされてしまったのだ。その対応を誤り大バッシングが始まった。結果、リンダはレギュラー番組をことごとく降ろされてしまったのだ。今は、プロダクションの指示に従い、自宅で謹慎中だ。

ここまでは週刊誌でよく見る不倫騒動。しかし、このままで終わらないのがイヤミスである。

「私、誰かに狙われているのかしら? もしかして、ストーカー?」

などというメールが届き始めたのだ。

一ヶ月前のことだ。ちょうどその頃、リンダと同じ事務所の鈴木マミという新人アイドルが越境的なファンに襲われ、目玉をくり抜かれる……という残虐な事件が起きた。

ストーカーに怯える理由が「目玉をくり抜かれた」から!? とんでもなく怖いです。そんな事件、現実には早々ないです。しかし、「ありそうでなさそう、でも絶対ないとは言えなさそう」な嫌なことが、「怖いもの見たさ」の読者をぐいぐいと物語世界に引き込んでしまうのがイヤミスのすごいところです。

「他人の不幸は蜜の味」は笑える。

人間の本性を覗くのが人間の大好物だとすると、その理由はなんでしょう。それは「面白いから」。なぜ面白いというと、他人の不幸が他人事だからだと思うのです。「イヤね~」「許せないわね~」「怖いわね~」と言いながら、口元は絶対に笑っています。真梨幸子さんの最新作『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』が「笑えるイヤミス」だと称される一番の理由も、そこにあります。人が必死に悩み苦しみもがく姿は滑稽で面白いのです。また、赤裸々な心情も読者の笑を誘います。「イヤミス」の手にかかると人間の必死の本音も以下の通り。

やっぱり野球選手なんて、ただの筋肉の塊なのよ。なんでみんな判で押したようにセカンドバックを持ってるわけ? 金のブレスレットもそう。あれ、かっこいいと思っているのかしら。それに、あいつらときたら、頭の中は、金と女と車と焼肉のことしかないんだから。

40歳の女性が永遠の肩書き「ミセス」を求めて必死に合コンに励む姿とその本音の赤裸々な描写は、もはや「不憫」を通り越して、「わかるわかる」の大爆笑です。

「イヤミス」に隠された現実の事件たち

イヤミスは確かに恐ろしいことがたくさん起こって、イヤな気持ちがじわぁっと広がります。しかし、いろんな謎が解決して最後に大どんでん返しまであって、後味はイヤなものの「あー、面白かった」と満足して本を閉じられるその充実感と幸福感は小説ならでは。「これが現実だったら」と思うと恐ろしくて仕方ありません。ただ、「半分がリアル、半分がエンタメ」であるように、読んでいると、「これって、あの事件に似ているかも」というような類似点がちらほら。そんな現実の恐ろしい事件の気配を感じながら、小説世界の中で犯人像を想像したり自分なりに推理ができるのも「イヤミス」ならではの楽しみ方かもしれません。

*   *   *

真梨幸子さんの単行本最新刊『縄紋』はそんなイヤミスに「縄紋時代」という歴史的キーワードがプラスされた、前代未聞の歴史イヤミスです。縄文時代は、かつては社会科の教科書に載っていましたが、いまの学生さんは授業で習わないとか?! まだまだ謎溢れる縄文時代と「縄紋時代」との違いとはなんなのか。その秘密を紐解いていくことで始まる小説ですが、そこは”イヤミスの女王”真梨幸子さんの最新作。世界の滅亡や歴史的ミステリを軸に、描かれていくのは人間の小さな個人的な嫉妬や怒りです。縄紋の秘密と現代の私たちの生活がどのようにつながっていくのか……。その先に待っているミステリとは何なのか。「和製ダヴィンチコード」とも言える最新作をどうぞお楽しみくださいませ。

 

まだまだ読まず嫌いのあなたも「イヤミス」を楽しんでみてはいかがでしょう。

関連書籍

真梨幸子『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで 万両百貨店外商部奇譚』

ここは万両百貨店外商部。お客様のご用命とあらば、何でも(殺人以外)承るのが外商の仕事。今日も「激レア犬を飼いたい」「娘を就職させて」「愛人と妻が鉢合わせしないマンションを」と無理難題が舞い込んでくる。ある日、顧客の物件探し中の根津は、無理心中した家族の噂を耳にするが、事件の陰に何故かトップ外商・大塚佐恵子が――。お仕事イヤミス!

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