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欲望の民主主義

2018.02.27 公開 ポスト

民主主義とは情報処理の一形態である(マルクス・ガブリエル)丸山俊一

マルクス・ガブリエル氏

世界中で民主主義が劣化している。アメリカのトランプ現象、イギリスのEU離脱、フランスの極右政権の台頭。多数の民意を反映した選択は、目先の利益のみを優先したものばかりです。そのむき出しの欲望と民主主義が結びついたとき何が起こるのか? 若き天才哲学者、マルクス・ガブリエルら世界を代表する知識人がその混迷の深層を語り、話題となったNHK番組が『欲望の民主主義~分断を越える哲学』として書籍化されました。世界の知性が見る、民主主義の現実と限界とは――? 
最後は、世界が注目する若手哲学者による「世界は存在しない。民主主義は存在する」の冒頭をお届けします。

マルクス・ガブリエル Markus Gabriel
哲学者(ドイツ)。ボン大学教授。1980年生まれ。
弱冠29歳にして、ボン大学・哲学科の教授に。現代哲学の新たな地平を切り開く知性として期待される。「世界は存在しない。一角獣は存在する」。その言葉は、新実在論と呼ばれるポスト・ポスト構造主義の思想を平明に表現するフレーズとして有名。

民主主義の定義を更新する

 最初に言っておきましょう。一般的に定義するならば、民主主義は情報処理の特定の形なのです。民主主義とは、一つの制度であり、同時に人間の行動を組織化する方法です。それ以上でも、それ以下でもありません。それが、民主主義です。

 しかし、現在の状況を見ると、民主主義を、真実を得る方法だと思い込んだり、噓つきの政府を暴く方法だとまで期待している人々がいて、それが大きな混乱をもたらしているのです。民主主義を定義する手続きは、本来、真実の問題に関して、中立的なものです。現在の混乱は、私たちが今直面しているさまざまな問題を引き起こしています。

 もう少し、民主主義の実際の機能に即してお話ししましょう。民主主義を運営する機関は、他のあらゆる形態の政府同様に、一つの巨大な情報処理システムです。ですから、例えばフランスのように大きなシステム、少なくとも7000万人近くの人口を有し、さらに人口が増える可能性もあるフランスぐらい大きな社会システムになると、それ自体、どのように動いているのか、実は誰一人として理解していないのです。

 では、そんな政府は何をするのでしょう? 政府は、その仕組みを理解している者がどこかにいるという錯覚を生み出し、維持するのです。ですから、多くの政府が、君主かまるで神のような人物がいるフリをするのです。フランスのシステムでは、もちろんそれは「共和国大統領」であり、彼は他の国々の大統領同様に、国民に対して、何が起きているか理解している人間がいるフリをするという観念的な役割を担っています。

 昨今、私たちが目にしているのは、世界の大統領たちが、より深い真実を見つけたフリをしている状態です。今の時代、誰もがより深い真実を国民に信じ込ませようとしています。例えば「テロリストは本当に危険だ」とか。当然そんなことは、より深い真実ではありませんが、そう言うことでテロリストが実際より危険に見えるのです。もしくは「フランスは根本的危機にある」などの言葉です。これらはすべて国民を統治するためのイデオロギー的な手段です。ですから私たちはそれがどのように構成されているのか知らなければなりません。思うに現在、国民はそれを知るための知識をあまり持ち合わせていません。つまり教育の問題になるわけですが、こうした現象が地球上のあらゆる場所で見られます。

考える時間を生めば、敵も味方もないことがわかる

 今私たちは、なぜ私たちが民主主義という組織形態を選んだのか、再考し始めなくてはなりません。おそらく非常に基本的な価値観に大きく関係しているでしょう。今日、私たちが民主主義と呼ぶものの基本的価値観は、パリで18世紀の終わりに定義されました。フランス革命による、〈近代〉の結果です。つまり18世紀が、今日、私たちが民主主義と呼ぶものの価値観の概念を形づくったのです。そうした概念の根本にあるものを具体的に言うならば、もちろん、自由、平等、友愛ということになるのかもしれません。これらが基本的価値で、民主主義が人間社会で推し進めるはずのものです。ここで考えるべきは、それが本来、意味している事柄についてです。

 この問いに答える唯一の方法は、結局は哲学にしかありません。古代ギリシャでの民主主義の創造と破壊においても、哲学は、その根幹にありました。18世紀にはヨーロッパでも同様のことが起きました。今、私たちに必要なのは、誰が危険で誰が敵で誰が友であるかに関するイデオロギー的な思想ではありません。友か敵かの区分けに、今ほど政治が絡まない方がいい時はないのです。争いを減らして、考える時間を増やすべきなのです。ここが最も基本的な問題だと思っています。自分たちが自由と平等と連帯を求めて奮闘することの意味に関する哲学的な思想が、どこでどんな役割を果たすのか? あらためて考えなければなりません。

 もし私たちが哲学を過小評価し続ければ、それは哲学、すなわち「知を愛する心」そのものを破壊することになります。そして、哲学なくして民主主義は存在し続けられません。

……続きは、『欲望の民主主義』をご覧ください。……

 

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丸山俊一

一九六二年長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。教養番組部ディレクターなどを経て、現在NHKエンタープライズ番組開発エグゼクティブ・プロデューサー。これまで「英語でしゃべらナイト」「爆笑問題のニッポンの教養」などの企画、「欲望の資本主義/民主主義」「ニッポンのジレンマ」「人間ってナンだ?超AI入門」「地球タクシー」「ニッポン戦後サブカルチャー史」他のプロデュースがある。著書に『結論は出さなくていい』(光文社新書)、『すべての仕事は「肯定」から始まる』(大和書房)、『欲望の資本主義』(東洋経済新報社/共著)など。早稲田大学、東京藝術大学では非常勤講師を務める。

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