うるせえな。
下北沢CLUB Queでのライブを終えて、僕ら3人は渋谷のセブンスフロアという、ライブバーに打ち上げに来ていた。といってもライブにはお客さん5人ぐらいしかいなかったし、演奏もガタガタだったし、何も打ち上げることなんてなかったのだけれど、打ち上げはやんないとダメなんだ。やんなかったら、そのライブが無意味でどこの未来にもつながってないって自分から認めちゃうことになるんだ。やるんだよ、無理して。
で、セブンスフロアのバーカウンターで3人、ビールを飲みながら反省会をしつつ、俺ら天才だよな! って自分たちに言い聞かせるように言い合ってたら、店に大勢の客が入ってきた。20人ぐらいか。なんか業界人っぽい雰囲気の、小洒落た、遊びも仕事も全力で!みたいなこと言いそうなやつら。そいつらは入り口近くのバーカウンターを通りすぎて、店の奥のテーブル席ゾーンに、わいわいしながら向かっていく。ちょっと酔っぱらってきていた僕は、わざとらしく忌々しそうな表情を浮かべて、バーカンの向こうにいる店長にこう言う。
「あいつら、くそウザくないっすか」
店長は答える。
「またお前そういうこと言う……有名な事務所の人たちだよ。たまに打ち上げでうちを使ってくれる」
「うっざ……大勢でうるせえんだよ」
僕らは無名だ。何度ライブやってもお客さんは全然増えないし、事務所にも所属できてないし、もちろんCDなんて出したことがない。持ってる武器は、町田の狭いリハーサルスタジオで録った、音質最悪のデモ1曲が入ったCD-Rだけ。つまり僕らは、単なるアマチュアバンドのひとつにすぎない。でもだからって卑屈にはなんねえぞ。俺らには絶対才能があるんだ。まだ誰も気付いてないだけなんだ。テレビとか飲み屋とかでガンガンに流れてる曲とか聴いてみ? 全然良くねーじゃん。ほんと馬鹿だらけだよ。早く気付けよ俺らの才能に。ほら、そこのお前らに言ってんだよ。奥のテーブルでたっのしそうに酒飲んでるお前らだよ。有名アーティストの打ち上げだかなんだか知らねーが、俺らの才能に気付けてない時点でお前らぜんぜん駄目なんだよ。まじで、気付けよ。気付いてくれよ。
テーブル席集団の中からひとり、ハンチングをかぶった落ち着いた雰囲気の男が、バーカウンターに酒を頼みにやってきた。酔いが随分まわってきていた僕は、絡んだ。
「いやー、なんか楽しそうっすね! なんかの打ち上げっすか。最高っすね! てか僕らのこと知ってます? 知らねえだろうな、どうせ」
「ああ、多分知らないと思う。本当に申し訳ない」
「いやいいんですよ全然。俺ら無名ですしね! てかさあ、有名どころばっかやってないでさあ、俺らみたいな音楽聴きなよ。ほら、これ。CD渡しますから。聴いてくださいよ。すげえから」
「分かった。聴いてみる。ありがとう」
「いや! 無理して聴かなくていいんすよ、気が向いたらでいいんすよ。そんな好みじゃないかも知んねーし。まあ、そんな感じで! 失礼しました!」
「おう。楽しく飲んでな」
男は頼んだウォッカトニックを持って、テーブル席に帰っていた。絶対、聴けよ。
これは2010年のある夜のこと。この男が僕らの初代マネージャーになり、このとき渡した曲が、僕らのメジャーデビューシングルになった。
おしぼりを巻き寿司のイメージで食った
いつだって”僕ら”の味方、忘れらんねえよ。
「恋や仕事や生活に正々堂々勝負して、負け続ける人たちを全肯定したい」という思いで歌い続けてるロックバンド。
そんな“忘れ”のボーカル、ギターの柴田隆浩が、3年半ぶりにエッセイを書くことに!メロディーはもちろんだが、柴田の書く言葉に、ヤラレル人多数。
“二軍”の気持ちを誰よりもわかってくれる柴田の連載。
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