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『野武士のグルメ 2nd』発売記念対談 「ひとりメシ」で知る自由と懐かしさ

2015.04.02 公開 ポスト

前編

誰もが持っている「ココロのコロッケ」久住昌之/津田大介

幻冬舎plusの連載も大人気、会社員を定年退職した・香住武(かすみ・たけし)による、悠々自適の「ひとりメシライフ」を描いた『漫画版 野武士のグルメ 2nd』(原作:久住昌之、画:土山しげる)が発売されました。1巻のときよりも、どこか自由になった香住の姿と「ひとりメシ」を肴に、久住昌之さんと津田大介さんが、吉祥寺のとある割烹で語らいました。(構成:稲田豊史 写真:牧野智晃)

 

『野武士のグルメ』はまずいものが登場するからおもしろい

津田 僕、大学時代は雑誌「SPA!」が大好きだったので、その月刊誌版の位置づけだった「PANJA」も読んでいたんです。そこに久住さん原作の『孤独のグルメ』が連載されていました。

久住 雑誌掲載時からの読者だ! ありがとうございます。

津田 主人公がお店で飯を食ってるだけで、なんでこんなに面白いんだろうって、衝撃を受けましたね。しかも連載は90年代なのに、まさか2010年代にテレビドラマで復活するとは。僕、忙しくてテレビドラマは見ないクチなんですけど、『孤独のグルメ』だけは毎週欠かさず見ていました。「ふらっとQUSUMI」のコーナーに出演されている久住さんを毎週拝見していたので、自分も「ふらっとQUSUMI」に出たいなと思っていたので、今日お目にかかれるのがすごく楽しみだったんです。

乾杯からお二人の対談は始まりました

久住 「ふらっとQUSUMI」で、いつもお酒を飲んでいるイメージがついちゃったけど、あれはカメラが回ってるときの1杯だけなんですよ。

津田 そうなんですか(笑)。『漫画版 野武士のグルメ』を拝見して『孤独のグルメ』といちばん違うと思ったのは、“まずい”ものも出てくるってことですよね。1巻だと「悪魔のマダム」のラーメンで、2巻だと「野武士のライスカレー」に出てきたキャンベルのトマトスープ缶とか。

久住 キャンベルのトマトスープ缶は僕も実際に作ってみたんですけど、衝撃のまずさです(笑)。これをアートにしたアンディ・ウォーホルは好物だったらしいけど、ウォーホル馬鹿じゃないの? って思いました。

津田 「野武士のライスカレー」では、香住が家でカレーライスを作りますけど、ずっとドキドキしながら読んでました。「そんな適当な作り方で美味しくなるわけないじゃん、絶対まずいのができちゃうだろ!」って(笑)。グルメマンガならまずいものは普通出さないはずなのに『漫画版 野武士のグルメ』は、『孤独のグルメ』のようなグルメマンガではないから、躊躇なく出てくるんですよね。

久住 ええ、『漫画版 野武士のグルメ』は、言ってみれば食エッセイですからね。

津田 食に関するブームやトレンドを取り上げて、それに香住がどう対峙するかを描くあたりはまさにエッセイですよね。1巻の「タンメンの日」では、黒Tシャツにバンダナを巻いた店員のいるラーメン屋に香住が毒づいているし、2巻の「映画の後のホットケーキ」や、“吉飲み”の話(「午後の牛丼屋でちょい飲み」)もそう。これは『孤独のグルメ』にはない要素ですよね。お話の作り方は『孤独のグルメ』と根本的に変えているんですか?

久住 そうですね。街に出て店を探してというより、かつて行った店の記憶を総動員している感じかな。

津田 『孤独のグルメ』は現実のお店のディテールをリアルに描いているので、その部分はノンフィクションですが、主人公の井之頭五郎が店に行き着くまでの過程はフィクションになっている。でも『漫画版 野武士のグルメ』は逆ですよね。お店のディテールは久住さんの記憶によることもあって、フィクション性が高い。いっぽう、食べることそのものについての考察や、毒づきたい気分とか、それを食べた思い出とか、そういうお話の筋の部分がノンフィクションかなって。

久住 描き手の違いも大きいですよ。『孤独のグルメ』の谷口ジローさんはアーティスティックな人だから、彼が内容が無いような食べ物ぼやきマンガを描くという落差が面白かったけど、『漫画版 野武士のグルメ』の土山しげるさんは大衆マンガを得意とする人。僕の片寄った食エッセイを、普通のおじさんが読んでもわかるようにマンガ化しているのが魅力です。

津田 両方を読んでいて思ったのが、実は五郎のほうが香住よりずっと野武士的じゃないかってことなんです。香住はいつまで経っても野武士になりきれてない。

久住 そうかもしれない。決して五郎が年を取って香住になったわけじゃないんだよね。香住は基本的にダサい、普通のおじさんだから。

 

思い出の「ココロのコロッケ」を超えられない

思い出のコロッケ話が止まらなかった津田さん

津田 僕、2巻でちょっと泣いてしまったのが、1話目の「ココロのコロッケ」なんです。これはいろんな人が共感する話ですよね。香住さんには2つの「ココロのコロッケ」があるけど、読む人それぞれの「ココロのコロッケ」を思い起こさせる。

久住 「ココロのコロッケ」の話は、昔から一緒に音楽をやってたWAKAという人のツイッターから生まれたんです。彼が「中学の時に栃木屋というコロッケ屋があった」って投稿をしたら、すぐさまたくさんのリツイートがあったそうなんですよ。うちの近くにはこういうコロッケ屋があった、なんとかっていうスーパーで食べた、といった。皆、場所や店の名前を具体的に挙げてくるのが特徴。誰もそんなこと聞いちゃいないのに(笑)。

津田 食って風景と結びつくものですから、記憶の中で一緒にインプットされてるんですね。

万人にとっての「美味しい」よりも自分にとっての「美味しい」が大事だと何度も話されていた久住さん

久住 それでWAKAが「ココロのコロッケ」っていう曲を作らないか? というのでボクが詞を作って彼が曲をつけたんですよ。その1番と3番の歌詞、中学時代と社会人新卒の頃のことをマンガにしたのが、この話です。

津田 ちなみに2番はどんな歌詞なんですか?

久住 高校時代の話です。学校から帰ると親が留守で、家に冷たくなったコロッケがあった。それは夕食のおかず用だったけど、そのまま食べたら結構うまくて結局その場で全部食べちゃったという。

津田 僕にも「ココロのコロッケ」があります。実家が東京都北区で、子どもの頃、家から歩いて20秒くらいのところに八百屋さんと肉屋さんがくっついたお店があったんです。その肉屋さんでコロッケやトンカツが揚げたてで売っていました。子どものとき、それが大好きで。今だったらコロッケなんて1個食べれば十分だけど、当時は5個とか6個とか食べてましたね。

久住 それこそ「八百屋さんと肉屋さんがくっついたような」みたいな情報を、みんな言いたくてしょうがなかったわけですよ、ツイッターで。

津田 香住が断言するじゃないですか。「今後、どこでどんなにおいしいコロッケを食べても、あの美味しさには敵わない」って。このフレーズにものすごく共感しましたね。誰しも、かつて食べた「ココロのコロッケ」が味覚のスタンダードになってしまう。僕がいま住んでいる高円寺の商店街にもコロッケ屋があって、たまーに食べたりするとうまいなとは思うんですけど、子どもの時の、あのコロッケが自分の中で最高になっちゃっていて、どうしても超えられない。思い出の補正が働いてるんでしょうね。

久住 ある雑誌の企画で、全国のコーヒー牛乳を30種類飲んだんですよ。北海道から九州まで。それぞれすごく味が違うんですけど、面白いことが起こりました。この試飲は僕以外にバーテンと料理人の方がやったんですが、僕も含めた3人全員が、自分の出身県のコーヒー牛乳を「これがスタンダードだ」って断言したんです。

津田 それはすごい!

久住 他の県のやつもうまいはうまいんだけど、自分の県のやつが一番安心するんですよ。バーテンと料理人だから、味にはうるさそうなのに、そうなっちゃう。僕の場合、名糖牛乳っていう小学校のとき家で取っていたのがやっぱりおいしく感じちゃった。これもコロッケと同じ。自覚はないけど、舌に基準値としてインプットされてるみたいなんです。

津田 コーヒー牛乳やコロッケがいつまで経っても基準値を更新できないって、すごいことですよね。魚とか肉とか、普通の料理なら、その後の人生で口にするものに基準値を変えていけるけど、コロッケは小さい頃に食べたものが基準値になったら最後、ずっと更新できない。一体なんなんでしょうね。(後編に続く。4月9日公開予定です)


<撮影協力/割烹 黒ねこ>

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久住昌之

1958年東京都生まれ。マンガ家、ミュージシャン。1981年、和泉晴紀とのコンビ「泉昌之」の『夜行』でマンガ家デビュー。実弟・久住卓也とのユニットQ.B.B.作の『中学生日記』で第45回文藝春秋漫画賞を受賞。谷口ジローとの共著『孤独のグルメ』、水沢悦子との共著『花のズボラ飯』など、マンガ原作者として次々と話題作を発表する一方、エッセイストとしても活躍する。現在、幻冬舎plusにて『漫画版 野武士のグルメ 3rd season』(画:土山しげる)を大好評連載中。

津田大介

1973年東京都生まれ。早稲田大学社会科学部卒。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ポリタス編集長。早稲田大学文学学術院教授(2017~2019)。テレ朝チャンネル2「津田大介 日本にプラス」キャスター。J-WAVE「JAM THE WORLD」ナビゲーター。一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)代表理事。株式会社ナターシャCo-Founder。メディア、ジャーナリズム、IT・ネットサービス、コンテンツビジネス、著作権問題など幅広い分野で、ソーシャルメディアを利用した新しいジャーナリズムを実践。世界経済フォーラム(ダボス会議)「ヤング・グローバル・リーダーズ2013」選出。主な著書に『ウェブで政治を動かす!』(朝日新書)、『動員の革命』(中公新書ラクレ)、『情報の呼吸法』(朝日出版社)、『Twitter社会論』(洋泉社新書)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ)ほか。週刊有料メールマガジン「メディアの現場」を配信中。

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