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密室よりも冷たく堅く閉じた、孤独な男の壮絶な過去とは?
<火村英生シリーズ>13年ぶりの書下ろし!
人間の謎を、人生の真実で射抜いた、傑作長編ミステリ。
有栖川有栖の〈火村英生シリーズ〉最新長編『鍵の掛かった男』が10月8日に書き下ろし刊行! 作品の主要舞台は、大阪は中之島の一角に建つプチホテル。そのスイートルームで数年間暮らし続けてきた客人・梨田稔(なしだみのる)が首をくくって死んでいたのだ。果たして客人の死は、自殺か、それとも他殺か? 有栖川有栖(ありすがわありす)と火村英生(ひむらひでお)は、被害者の過去を遡り、その死の真相を突きとめるべく奮闘する――。
(構成/佳多山大地 協力/パンケーキ専門店エムジー)
――火村英生シリーズの長編刊行は、2006年の『乱鴉(らんあ)の島』以来、じつに9年ぶりです。その間、火村が活躍する短編集は5冊出ていますからファンに寂しい思いをさせたわけではありませんが、久方ぶりの長編刊行となったのには何か理由が?
有栖川 特段の理由はなくてね。長編となると身がまえてしまって、構想がきっちりまとまらないと書き始められない。長編の執筆依頼をされても「すぐには着手できないんです」と及び腰でいると、「それじゃあ、長編を考えている間に短編をひとつ」と。せめてそれを書かないと専業作家としてやっていけないから、二の矢の依頼はついつい引き受けてしまう(笑)。
そんなことの繰り返しで、状況に流されているうちに短編集がどんどん増えてゆく。中編や短編を書くのも、もちろん嫌いじゃありませんよ。限られた分量だからこそできるものを、それぞれ書かせてもらっていたわけです。でも、やはり長編でないと書けない面白さというのもあって、それはお留守になっているんじゃないか。ここらで長編モードに切り替えるべきと思ってからも5、6年が過ぎて、焦りも出てきました。
久しぶりに火村シリーズの長編が書きたい。でも、なかなかアイデアがまとまらなかった事情もあります。結局、長編の構想が固まったから今回着手したわけでもなくて、固まりきらないんだけれどここで踏み出さないと堂々巡りだと。今まで長編で苦労したときって、冒頭がまず書けないんですね。“ こう始まって、こう来て、こう終わる ” と、プロットの大筋が見通せてから書き出さないと、本格ミステリーの場合はどこかで行き詰まって、破綻する恐れがある。『マレー鉄道の謎』(2002年)のときもそうで、トリックはできて、犯人の設定も浮かんでいるけれど、まだ見通しの悪いところがあって一枚目がなかなか書けなかった。
今回の長編は、謎の死を遂げた男のミステリアスな過去をたどる話です。なので、とりあえずこの “ 過去を調査する部分 ” は書けるな、と。プロットの見通しが悪いところもあるけれど、今回は幸い、あるていどまでは進んでいけそうだと見込んで取り掛かれたんです。
――『鍵の掛かった男』の作中の〈現在〉はまさに今年、2015年ですけれど、実際に書き始めたのはいつだったんですか?
有栖川 今年の1月末ですから、作中に出てくる最初の日付は本当にリアルタイムでした。3月中か、遅くとも4月いっぱいで書き上げようと思っていたところが、結局予定の枚数をはるかに超過して7月までかかってしまいました。
――持ち重りのするゲラ刷りが届いて、最後の奥付のページを見ると「原稿枚数972枚」! これは当初予定していた長さではなかったと?
有栖川 「何枚で収めてください」とは注文されなかったもので(苦笑)。原稿の依頼を受けたとき、「長いほうが嬉しいかな」と編集担当さんに言われたんです。「そんな大作の腹案、持ってませんよ。コンパクトになったらすいませんねえ」と恐縮していたところが、書いているうちにどんどん長くなって。予想外ではありましたけれど、今回はそういう話なんだと途中から開き直りました。
――最初に目次を見ると、「第一章 ある島民の死」とあって、「おっ、孤島物なのかな」と一瞬思いますが。
有栖川 舞台が中之島で、両側に川があるからこそのトリックとかね(笑)。その期待は裏切ってしまうので悪しからず。久しぶりの長編なので、この小説で初めてわたしの作品を読むという人にも、火村と有栖がどういう人物なのか理解してもらえるようには意識しました。
新作長編はハードボイルド!?
――いざ『鍵の掛かった男』を読み出すと、ずいぶん戸惑うところがあって……。
有栖川 戸惑いました?
――いやあ、やっぱり戸惑うでしょう。だいたい、作中人物の有栖も火村も戸惑っているじゃないですか(笑)。彼らが普段取り組む事件捜査とはずいぶん勝手がちがう。大先輩の女性作家から“ 知り合いがホテルで亡くなって、警察は自殺と判断したんだけれど、どうも信じられない。あなたと友人の火村さんとで調べてほしい ” と依頼される。火村が大学の試験期間で体が空かない間は、有栖一人がほとんど私立探偵のように被害者の男の過去を探っていく。
有栖川 関係者に事件解決を依頼されて、火村たちが私立探偵っぽいことをする話はこれまでもありました。けれど、そうした場合でも検討すべきデータは警察があらかた調べ尽くしていて、それを解釈し直すことで進展が望めた。ところが今回は、警察から教えてもらえるデータでは全然足りないんですね。被害者の過去は他殺か自殺かの判断に直接関係ないので、警察もさほど深くまで掘り返していない。
話の展開としては、いつもとちがう、と思いながら書きました。失踪人や死者の過去を洗うのに、関係者を一人ずつ訪ねて証言を集め、その人物像を浮き彫りにしてゆく。本格ミステリーよりもハードボイルドでおなじみのプロセスと言うべきでしょう。
――あとは、物騒な連中とのいざこざがあれば(笑)。
有栖川 ホテルの副支配人が強面だとかね。調査を進める有栖に「そのへんにしていただけませんか」と押し殺した声で警告するんだ(笑)。
――有栖川さんは、ハードボイルド派のなかでロス・マクドナルドはお気に入りでしたね。
有栖川 わたしにはロスマクが一番、しっくりきますね。ロスマク調を目指したわけではないですけれど、今回有栖が足で捜査をする段は、文体を変えたらハードボイルドそのものだと思います。
――被害者の人物像が知れる、生前の行動、感情の発露が、最後の謎解きの場面で伏線として効いてくる。
有栖川 いつも悩むのは、ある人物が事件の犯人であることを “ 何を手掛かりに、どう推理して露見させてゆくか ” です。今回そこは、書き始めた段階では、まだボヤっとしていた。被害者男性の過去を書いているうちに、彼の死の真相に迫る推理の部分は浮かんでくるだろうと楽観していたのが甘かった(笑)。いよいよ終盤が近づいてきて、推理の部分は頭をひねって考え出したというより “ こうなるよな ” と自然に見えてきた感じでしたね。
いつもだと、物語は逆算で考えるんです。“ こういう推理が最後に展開するのを読者に楽しんでもらうには、どんな事件にすればいいか? そういう事件なら舞台はこんなふうで、こういう性格の人物が配置されて…… ” と。しかし今回はまず、一人の登場人物が先にあった。“ なぜかホテルにずっと滞在している年配の男がいる。彼のバックボーンはほとんどわからない ” と、そういうアイデアとも言えないイメージを昔から温めていたんです。いったい彼が被害者になるのか犯人になるのかもわからないけれど、そんな人物を小説のなかで描きたいとずっと思っていました。その謎めく人物がこれこれこういう過去を背負って人生を送ってきたとしたら最後にこんな事件と遭遇した、という話は長編でたっぷり書けるなあ、と。
――今回のプロット作りは、そもそも着想からいつもとちがっていたわけですね。
有栖川 ちがいましたね。ただ、最後に犯人当てがありますから、結局、本格ミステリーなんですね(笑)。有栖川有栖がどういう物を書く作家か知らずに読み出したら、これを推理小説と思わない人がいるかもしれないけれど。
※インタビュー後編に続く。10月8日(木)公開予定