2013年9月に『去年の冬、きみと別れ』を上梓した中村文則さん。痺れるような文体と、先の読めない物語展開が話題を呼び、大重版が決定した1冊です。
中村さんは、どんな思いで小説を書いているのか。中村さんにとって小説とは何なのか。何をきっかけに「書く側」に回ったのか。第1回目は、新刊『去年の冬、きみと別れ』に込めた思いを語っていただきました。
既視感のある作品を書いても
読者に驚いてもらえない
中村文則さんの最新刊『去年の冬、きみと別れ』が今、話題を集めている。
「発売後、即重版」「6万部突破」――。それだけでも快挙だが、初版3万部で、即座に3万部の重版がかかったとなれば、それは異例とさえ言える。デビュー以来、「悪」を描くことで人間の内面の奥深さに迫り続けてきた中村さんの作品は、読者からの反響が濃い。「身体も心も震えた」「冒頭から物語に惹きこまれた」「予想外の結末で圧倒された」など、続々と感想が寄せられている。
執筆依頼は引きも切らず、何年も先まで予定は埋まっている。だが、中村さん自身はそんな自分を「道半ば」と言う。小説を読むことに熱狂した日々を経て、ついには「小説を書くことに人生を捧げる」と覚悟するまでに至った彼は、何を見据えて日々を過ごしているのか。
時代の変化はたった一人の熱狂から始まる。今回のインタビューでは、中村さんの内面で渦巻く熱狂に踏み込んでいきたい。
「映像化が決まったとか、文学賞を受賞したとかではない作品であるにもかかわらず、この短期間でこんなに多くの方に読んでいただけたのは、とても嬉しく思っています。出版した直後に、『一気読みしました』とか『再読すると、また違った印象を受ける』とか、そういった反応をたくさんいただいたのですが、そういう作品を書こうと思って取り組んだ作品だけに、本当に書いてよかったと思いました」
中村さんはデビュー以来、純文学作家としての階段をのぼってきた。2005年に芥川賞、2010年に大江健三郎賞を受賞するなど、節目節目で大きな賞を受賞されてもいる。しかし、『去年の冬、きみと別れ』は純然たるミステリー作品である。デビュー12年目を迎える今、なぜ彼は思い切った作風に方向転換をしたのか。
「『あの中村がここまでのミステリー作品を書いたことに驚いた』というような感想をいただくこともあるのですが、決して方向転換ではないんです。これまでに、ミステリーの要素を取り入れた小説は何作かありました。だけど、明確に『これはミステリー作品だ』と意識して取り組んだものはなかったんです。なので、一度、”完全なミステリー小説”と向き合う必要性を感じていました。ただ、当たり前ですけど、やるからには完成度の高いものを書かないといけないですし、既視感のある作品を書いても読者は驚いてくれない。どういう物語展開にするかは四六時中考え続けました。寝ている間も考えていたなんて言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、本当にそんな状態でした。僕はまだ30代の作家なので、先は長いし、色々挑戦してみたかったんです」
中村さんと言えば、著作が世界各国で翻訳されていることでも知られている。初の英訳作品がアメリカで刊行されるや、米amazonの「best books of the month」に選出された。それを皮切りに、「ウォール・ストリート・ジャーナル」2012年ベスト10小説に選ばれ、LAタイムズ文学賞の最終候補にもノミネートされた。「世界の」と形容される記事もしばしば目にするようになったが、そんな中村さんが思い描く”完全なミステリー”とはどのようなものなのか。
「学生の頃に僕が夢中になって読んだ文学作品って、ある意味ミステリーでもあると思うんです。ドストエフスキーも、カフカも、芥川も。人間の内面をこれ以上ないほど深く掘り下げつつ、物語展開が予断を許さない。1ページ先で何が起きるかわからない。だから読み手はドキドキすると思うんです。僕もそういう作品を書きたかった」
「そういう作品」を書くことは決して容易ではない。だからこそ、チャレンジのしがいがあった。しかも中村さんの中には、今作を書くにあたって決めていたことがあった。
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