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2013.12.24 公開 ポスト

小説家は何を考えて小説を書くのか <最終回>中村文則

孤独の向こう側には「他者」がいる

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紀伊國屋書店新宿南口店

 2013年春、中村さんはロサンゼルスなどで開催されたブックイベントに参加した。アメリカの読者や作家と直接言葉を交わした経験は大きかったという。

「色々な人に『君の小説のような作品は他にない』と言ってもらえました。人間の内面を掘り下げる純文学でありながら、同時にストーリー性もあるという物語構造を珍しがってくれたみたいなのですが、いずれにしろ『他にない』と思ってもらえる作品を書くことが大事なんだと強く思いました」

 当たり前の話だが、翻訳はビジネスである。決して安くはない翻訳料も発生する。英語圏の作家が書いているような小説であれば、翻訳されることはないだろう。

「僕は小説で常に『人間とは何か』を描こうとしています。その時々の流行を追いかけることもありません。そういう意味では頑固だと思うのですが、だからこそ国境を越えて読んでもらえるのかなとも思っているんです。どの国で生まれても人間は人間なので、根っこの部分は同じです。人間とは一体何かという大きな問いに対して、『小説』という形で僕なりの答えを探していきたいんです」

 アメリカ各地を巡りながら、中村さんは様々な知見を得た。そして、多くの人に「次の作品を楽しみにしている」と言われた。日本で、そして海外で、中村作品を心待ちにしている読者がいる――中村さんは「読者」という存在をどのように考えているのだろうか。

「書いている時は『良い小説を書く』という一点に集中していますが、書き上げた後にそれは本になり、読者のもとに届きます。ありがたいことに、手紙をもらったり、イベントなどで感想を直接伝えられたりするのですが、そういう人たちと出会うことは大きな励みになっています。やはり、書いている時は孤独ですし、不安を感じることもありますから。そうやって”読者”という存在を感じれば感じるほど、『もっとすごい小説を書きたい』という思いも強くなっていきます」

 かつての中村さんが小説に救われたように、中村さんの小説に救われている誰かがいるかもしれない。そんな話をしたら、中村さんは少し沈黙した後でこう言った。

「そうだとしたら、すごく嬉しいですよ……うん、すごく嬉しいです」

 小説の力を信じ抜いている中村さんらしい、心のこもった言葉だった。

 

 インタビュー後の雑談の中で、「何らかの対象に狂っている人間は、果たして是か非か?」という話になった。彼の言葉は、とても印象的だった。
「そんなことをいえば、僕自身は小説を書くことに狂っています。是か非かと問われると何とも言えないけど、好きですね、僕は。何かに夢中になって狂っている人が」
 対象に誠実であればあるほど、それは時として狂気の領域に近づいていく――中村さんの話を伺いながら、そんなことを思った。(了)

(構成:編集部)

 

 

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中村文則

1977年愛知県生まれ。福島大学卒。2002年『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。04年『遮光』で野間文芸新人賞、05年『土の中の子供』で芥川賞、10年『掏摸<スリ>』で大江健三郎賞を受賞。『掏摸<スリ>』は世界各国で翻訳され、アメリカ・アマゾンの月間ベスト10小説、アメリカの新聞「ウォール・ストリート・ジャーナル」で2012年の年間ベスト10小説に選ばれ、さらに13年、ロサンゼルス・タイムズ・ブック・プライズにもノミネートされるなど、国内外で話題をさらった。他の著書に『何もかも憂鬱な夜に』『悪と仮面のルール』など。 公式HP  http://www.nakamurafuminori.jp/

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