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さすらいの自由が丘

2019.03.01 公開 ポスト

祖母がみた花魁道中と、集金の思い出今村三菜(エッセイスト)


自由が丘を歩いていると、セーラー服に物のよさそうな紺色のフェルトの帽子を被った少女がお母さんに手を引かれて歩くのを見かける。東京のいかにも山の手風の親子の姿がとても微笑ましく、受験勉強を頑張ったのだろうなと、思わず、立ち止まって後ろ姿を眺めてしまう。

私は、大学入学すると同時に、東京に住むようになったが、生まれも育ちも、静岡の下町だ。私の小さい頃は、夏の暑い日の夕方など、お風呂上りに、家の前に縁台(背もたれのない木のベンチのような椅子)を出し、夕涼みをしている人がいた。

隣のおじさんは、夏でなくても、年がら年中、裏通りに椅子をだして、行きかう人を見ていた。そのおじさんが病気になり、家で寝た切りになってしまった。私も、東京で浮気した夫と戦っていたら、またうつ病になってしまい、静岡の実家で寝たきりになってしまった。

私の実家近辺は、今はさびれたが、昔は賑やかな商店街でみな町家造(まちやづく)りだった。ウナギの寝床のような細長い土地に家が隙間なく建っている。そのため、両隣の音がよく聴こえる。隣のおじさんが、奥さんを呼ぼうとして「あー」と叫ぶと、将来を悲観した私が、「うー」と唸(うな)り、またおじさんが「ううー」と唸ると、私が、もう何もかもいやになって「ぎゃー」と叫ぶ。

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今村三菜 エッセイスト

1966年静岡市生まれ。エッセイスト。仏文学者・詩人でもある祖父・平野威馬雄を筆頭に、平野レミ、和田誠など芸術方面にたずさわる親戚多数。著書に『お嬢さんはつらいよ!』『結婚はつらいよ!』(ともに幻冬舎)がある。

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