いよいよ明日発売となる、SID初のエッセイ『涙の温度』。
本書は、SIDの活動時期を四章に分けた構成で、第一章ゆうや→第二章Shinji→第三章マオ→第四章明希というメンバーのリレー形式で綴ります。
メンバーそれぞれの音楽との出会い、SIDとの出会い、15年の奇跡から未来へと続く物語。今回は特別に、それぞれの章の冒頭4ページを公開します。
第四章は、明希が綴る「絆」。2016年の空白期間から復活、そして現在進行形の物語です。
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第四章 絆(明希)
新生シド──。
そんな風に言うのは大げさかもしれない。でも事実、僕は生まれ変わったような気分でいる。
前作『OUTSIDER』から約三年半ぶりの発表となったシド通算九枚目のアルバム『NOMAD』(2017)は、できるべくしてできた僕らの自信作だ。
二〇一六年はシドとしての活動がほとんどなく、僕らは話し合った上で充電期間とすることにした。結成から十年以上ずっと精力的にライブを重ねてきたから、ファンを待たせることには多少の不安はあったけれど、一度くらい立ち止まってみるのも悪くないんじゃないかと、四人で決めたことだった。
どう充電するかは個々に委ねられた。それが必要と思えば旅行に出かけたっていいし、映画三昧の日々を送るのも悪くないし、友達と飲み歩いたって誰にも文句は言われない。シドが復活するとき、それぞれがバンドに何を持ち帰るのか、重要なのはそこだった。ある意味では、メンバーとしての真価も問われるような宿題を持たされた格好だ。
結果的には、みんな普通に東京にいて、何をしていてもシドのことを考えて、シドのための曲作りをしていた。
マオ君と僕はけっこう忙しくソロ活動をしていたけれど、バンドを離れて音楽をやる経験が、シドに何をもたらすのかを考えなかった日はない。
要は、僕らは結局、シドだった。
それぞれが自分自身の人生を歩んではいるが、究極的には、僕らにはシドしかなかった。
それは『NOMAD』制作にあたっての最初の選曲会で、テーブルに載せられたデモ曲の数を見れば一目瞭然だった。候補曲のデモは事前に配られ、選曲会までに各自聴いておくのが慣例だが、僕はShinji とゆうやの曲を聴いて悶絶していたところだった。
(曲の出来が半端ねぇ! これはまた接戦だな……いや、苦戦するかな)
嬉しさ半分、悔しさ半分。もちろん自分の曲も自信作だけを提出しているから、二人が僕と同じだけ悔しがっていたならおあいこだけど。
選曲会では、楽曲のクオリティの高さもさることながら、一曲一曲に対してその場でぶつけられるアイデアの豊富さに驚かされた。みんながこれからのシドに対するビジョンをしっかり持っていて、だから曲の〝その先〟が見えるのだ。バンドサウンドを俯瞰で捉えているから、メンバーは自分の担当楽器以外にも言及するし、マオ君からも次々にアレンジのアイデアが出された。
選曲会は必然的に長丁場になり、終わったときにはいつも以上にぐったり。でも、僕にはいつにない達成感があったし、みんなの顔つきも心なしか明るかった。選曲会が充実したからというのはもちろんだけど、僕らは単純にシドの作品制作が再開することが、とにかく嬉しかったんだと思う。
アイデアが止まらなかったのは、レコーディングに入ってからも同じだった。いつもなら、
「シドは絶対にこうだよね」
と言うところで、その〝絶対〟を排除して、今の自分たちのベストを求めていく作業が繰り返された。思いついたことは、結果はどうあれチャレンジしていく。そんな濃密なスタジオワークが続いた。
僕は、自分がソロ活動から学び、そこから何をどうシドに還元すべきか考えてきたことのすべてを、この現場に注ぎ込もうとしていた。そのときは、ただただ前向きにいいものを作ろうとしていただけだったけれど、ちょっとうるさく言いすぎたところもあったかもしれない。
今できる最良の音を作るために、まずは技術的なところも物理的なところも全部クリアにしておきたかった。
たとえば、チューナーひとつにしても、だ。チューナーは楽器の調弦のための、とても基本的な機材で、同じメーカーのものでも型がひとつ違うだけで音が微妙にズレてしまうことがある。同じ人がチューニングしてもズレるのに、違う人が違うチューナーでチューニングしたらもっとズレが大きくなる。以前の僕ならちょっとくらいズレていても気にならなかったけれど、今さらながらプロとしてはそれじゃあダメだと思い至って、基本機材から徹底的にこだわって検証して、違和感のあるところには修正を施した。
自分の担当楽器であるベースにしても、今までは自分がカッコいいと思う音だけを求めて作ってきた。でもソロ活動で自分でも歌を歌ってみると、自分のベースはもちろん、ギターもドラムも細かい音のニュアンスが、自分の歌に、楽曲に、大きく影響を与えることを痛感した。
これまでマオ君は、我の強い僕ら三人の音と演奏で歌いにくいこともあったんじゃないかな、と、ふとそう思った。
もしそうなら、その状態はバンドとして百点じゃない。もっと繊細に音を扱えば、シドの表現の幅をより広げられるかもしれない。
それで僕はベースの音を修正しつつ、さらにベース以外の音にもあれこれ口を出した。
「ギターはこういう感じがいいんじゃない?」
「(ドラムの)キックはこういうのがいいと思うよ」
「あ、やっぱり最初の音に戻してくれる?」
……この続きは、明日発売の書籍『涙の温度』(幻冬舎)でお楽しみください!
2019年7月11日、全国書店およびAmazonほかネット書店にて発売!
単行本 『涙の温度』SID・著
1600円(税込)/四六判ハードカバー/全244ページ/幻冬舎刊