すっかり観光地化されてしまった京都。しかし大通りから一歩、路地を入れば、そこには地元民だけが知っている「本当の京都」が広がっているという。小さな寺社や、昔からの言い伝えが残る不思議スポット、一子相伝の和菓子屋、舞妓さんが通う洋食屋、本当の京料理を出す和食店……。『京都の路地裏』には、こうしたレアな情報が盛りだくさん。本書に収録されたとっておき情報を、少しだけご紹介しましょう。
* * *
古式ゆかしい『大黒屋鎌餅本舗』
店へと誘う目印は『阿弥陀寺』。〈織田信長公本廟〉と刻まれた石碑が門前に建っている。本能寺の変で討たれた信長と、その子信忠がこの寺に葬られているという。
信長の墓だとか御廟は日本中に散見される。京都でも『大徳寺』の塔頭『総見院』にもあるが、これは多分に秀吉が政治的な思惑を持って建立したものだろうと思う。他所の墓も、何かしらの縁があったり、伝承によって墓所と伝わってはいるが、どうも信憑性には乏しい。
そこへいくとこの『阿弥陀寺』本堂の東側墓所に、信長父子の墓が並んでいる。その左横には蘭丸、力丸、坊丸と、信長に殉じた森三兄弟の五輪塔が建つ。そしてその御廟を守るかのように、ずらりと外縁を家臣の墓が取り囲む。きっとこここそが真の御廟に違いないと思わせる、神性を備えている。
この寺の向かいの路地を入ったところにあるのが『大黒屋鎌餅本舗』。
寺町通から西へ続く路地の奥に店を構えて、どれくらいの年月が経っているのだろうか。かつてこの店の周りはどんなだっただろう。そんな思いを馳せたくなるような、古式ゆかしい佇まいの菓子屋。
屋号が示す通り、この店の名物は鎌餅。シルクのような滑らかな羽二重餅に、上品なこし餡を包み、鎌先の形に似せた餅菓子。その歴史は、古く江戸時代に農民たちが、鎌を腹に入れると豊作になると、好んで食べたことから始まったと伝わる。
名物の鎌餅。手に取ると、餡の重みで、クタッと垂れ下がり、まさに鎌のような形になる。
口に入れると、滑らかな舌触りの餅がふるふると滑り、おそるおそる歯を入れると、餡に含まれた黒糖の爽やかな甘みが口中に広がる。
ひとつひとつ、経木に包まれて、木箱に並べられる。丁寧に作られていることが、ひと目で分かる。
包装紙にも物語がある
注目したいのは箱を包んでくれる包装紙。鎌で稲を刈る農民の姿が洒落た筆致で描かれている。この絵は画聖富岡鉄斎に師事した、本田蔭軒の作。『阿弥陀寺』滞在中に、鎌餅をいたく気に入った蔭軒が、この店の為に描いたもののようだ。
京都に於いて、菓子には、必ずと言っていいほど、こういうエピソードが付いてまわる。店があり、寺があって、そこを人が行き来する。その中で育まれて来た菓子と掛紙。
デパ地下でも、駅の売店でも、長蛇の列を作って今様の和スイーツを買い求める姿が目につくが、それらには歴史を重ねてきた菓子が持つ、こういう必然の流れというものがない。
トレンドを分析し、著名なデザイナーの手によって作られただろう菓子とパッケージ。そこには何ほどの物語もない。どれほどの数を作っているのか。どこで、誰が、どんな風にして作っているのだろうか。多くの人、おびただしい数の器械によって生み出される量産品であることは、疑う余地がない。決してそれを否定はしないが、路地裏の名物菓子と、どちらが京都という街にふさわしいかと言えば、誰の目にも明らかだろうと思う。
この店の鎌餅。最近ではデパ地下でも時折り見かけるようになり、通販も行っているようで、些か有り難みが薄れている。その代わりと言っては何だが、もうひとつの名物懐中しるこや、でっち羊羹を買い求めるのも一興。どちらもあっさりした甘さが身上。取り分け懐中しるこは懐かしさも手伝って、しみじみと美味しい。
《京都ガイド本大賞・リピーター賞》受賞!京都の路地裏
「私は京都好き」と言いたいあなたのために、本当は内緒にしておきたい(←編集者の本心!)、とっておきの名所・名店を紹介します。