すっかり観光地化されてしまった京都。しかし大通りから一歩、路地を入れば、そこには地元民だけが知っている「本当の京都」が広がっているという。小さな寺社や、昔からの言い伝えが残る不思議スポット、一子相伝の和菓子屋、舞妓さんが通う洋食屋、本当の京料理を出す和食店……。『京都の路地裏』には、こうしたレアな情報が盛りだくさん。本書に収録されたとっておき情報を、少しだけご紹介しましょう。
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花街に輝く『洋食の店みしな』
京都といえば、どうしても和食のイメージが強いが、洋食の名店も決して少なくない。それには大きくふたつの理由があって、先ずひとつに花街での需要が挙げられる。
祇園の北と南、先斗町、宮川町、そして上七軒。五つの花街を彩る芸妓舞妓たちを誘って、旦那衆がご飯食べに勤しむ。その行き先は、和食より洋食が多くなる。なぜか。
芸妓や舞妓にとっては、お座敷で毎度食べる和食に些かなりとも、飽々している。
「何処か行きたい店あるか? なんぞ食いたいもんがあったら言うてみい」
と旦那衆から言われて、舞妓が真っ先に洋食の名店を挙げる。
「『つぼさか』はんのコロッケ食べに、連れていっとぉくれやすか」
「ええなぁ。わしもあそこの蟹の身がようけ入ったコロッケ好物やねん」
と話がまとまって、祇園富永町の店へと向かう。
かかる流れがあって、祇園を始めとした花街に洋食屋がその味を競い合うことになる。それは今に続くものの、バブルの影響や世代交代のせいもあって、移転を余儀なくされた店も多くある。そのうちの一軒。
名店『つぼさか』は惜しまれつつ、その暖簾を下ろしたが、流れを汲む店は今も清水二年坂近くにあって、『洋食の店みしな』という。
修学旅行生、外国人観光客、ニセ舞妓が行き交う二年坂に京情緒を求めるのは酷というものだろう。錦市場同様、観光スポットに成り下がった道筋に見るべきものなどない。石段の道から路地に入り、暖簾を潜れば、そこはもう別天地。正しく継承された花街の洋食が、かつての栄華そのままに、燦然と輝いている。
洋食屋といっても、そこは花街ご贔屓の名店。手軽とはいかないが、きちんと予約をしてカウンターに座れば、京都ならではの正しい洋食を堪能出来る。
たとえば、ランチタイムのフライ定食は三千六百円。高いようにも見えるが、至極丁寧に作られただろうと分かる、ポタージュスープから始まり、質も量も満足出来る海老フライと蟹クリームコロッケの盛り合わせが出て、〆はサラサラと京都らしいお茶漬けへと続くのだから、充分お値打ちだと言える。観光地で幟を立てて客寄せする和食店で、作り置きの京料理モドキを食べるよりも、余程こちらの方が京都らしさを味わえる。
お手頃な洋食なら『グリル富久屋』
同じ花街にある洋食屋でも、こちらは至極気軽な店。店の前を通りかかって、ふらりと入り、洋食弁当に舌鼓を打つのは至福のひととき。
川端通から松原通を東に入ってすぐ左側。サンプルショーケースもある、喫茶店風の構えがいい。『グリル富久屋』はしかし、創業百七年の歴史を誇る老舗洋食屋。
店に入る前に、宮川町を暫し散策。松原通を少し東に歩けばすぐに宮川町通に出る。近年石畳に改装され、情緒漂う路になった。少しばかり北に上れば、芸妓舞妓が稽古に通う歌舞練場がある。
夏場の急な夕立にでもなれば、髪を結った浴衣姿の舞妓が、傘をさして石畳を歩く姿などは実に絵になる。花見小路辺りで、しつこく付きまとうカメラオヤジも宮川町には殆ど居ない。これも細道ならではのこと。
さて店に戻って、名物フクヤライスをオーダー。花街らしいビジュアルのオムライス。運が良ければ、隣のテーブルでスプーンを口に運ぶ舞妓に出会えるかもしれない。
近頃都で流行るもの。ニセ舞妓と本物を区別するのは実に簡単。大口開けて食べていればニセ者。歩く姿でもはっきりそれと分かる。すべてに控えめなのが本物の証。
この店の洋食弁当。ハンバーグも、コロッケもひと口サイズ。それは偏に、大口を開けなくても食べられるように、との舞妓への配慮。人気メニューの海老フライサンドも、斜めにカットして食べやすくしてある。花街ならではの気軽な洋食屋。
《京都ガイド本大賞・リピーター賞》受賞!京都の路地裏
「私は京都好き」と言いたいあなたのために、本当は内緒にしておきたい(←編集者の本心!)、とっておきの名所・名店を紹介します。