毎日普通に生きていると、まさか自分の生活が「縄紋時代」なんて太古の時代と関係しているなんて思ったこともないはずです。けれど、だからこそ(関係ない、理解できない、知らないからこそ)、「縄紋」すなわち「縄文」はその独特の存在感から人を惹きつけてしまうのかもしれません。
たとえば芸術家の岡本太郎さん。初めて「縄文土器」と出会った時の衝撃を次のように語っています。
「戦後のある日、わたしは、心身がひっくり返るような発見をしたのだ。偶然、上野の博物館へ行った。考古学の資料だけ展示してある一隅に、不思議なものがあった。ものすごい、こちらに迫ってくるような強烈な表情だ」(1976年「読売新聞」)
この出会いの後、彼は自ら『縄文土器論』を発表するに至っています。
縄文の魅力はクリエイターや研究者だけに限らず、2018年に東京国立博物館(上野公園)で開催された特別展「縄文――1万年の美の鼓動」は入場者が30万人を超えるなど、その圧倒的存在感、未知なる魅力で多くの人を魅了しました。
真梨幸子さんの最新刊『縄紋』では、関係ないと思っていた「縄紋時代」がどんどん主人公たちの生活、そして世界を侵食していく物語。どんどん縄紋の魅力に引き込まれ、最後は……もちろん言えませんが、読み終わったらそれこそ、すべて世界がひっくり返るような体験をします。「なんだ、ぜんぶ縄紋と繋がってたんだ」と。「縄紋を侮っていてすみません」と心から謝りたくなるほどです。
そんな縄紋の魅力に早々と気づき、現代人と縄文人をつなぐ目線で書かれたエッセイ『縄文人に相談だ』の著書を持つ、「縄文ZINE」編集長に、真梨幸子さんの小説『縄紋』を読んでいただきました。
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「小説、『縄紋』を読んで」
「縄文ZINE」編集長 望月昭秀
6月2日に幻冬舎から真梨幸子さんの小説『縄紋』が発売される。縄文ZINEという雑誌を作っている縁もあり、担当の編集者を通していち早くこの小説を読ませてもらった。
ミステリー小説好きな人ならこう思うだろう。あの『殺人鬼フジコ』の真梨幸子さんが縄文? 歴史小説? イヤミス(嫌な気分になるミステリー)の女王がなぜ縄文なのか…、と。
一方で、縄文好きな人ならこう思うはずだ、なぜ縄文じゃなくて『縄紋』?と。
もともと縄文時代という言葉はエドワード・S・モースが大森貝塚で発掘した土器に縄目紋様がつけられていたことから「cord marked pottery」と名付けられ、それが日本語に翻訳され「縄紋」となり、いつしか「縄文」と変わっていく。だから、「縄紋」は原理原則に照らしあわせればより正しい言葉の使い方となる。かつてはかたくなに「縄文時代」ではなく「縄紋時代」との言葉を使い続けていた研究者もいたほどだ。
だから縄文好きがこのタイトルを聞くと、案外渋い言い回しだな、と思う。
すでに罠が仕掛けられているとも知らずに…。
あとは読んでのお楽しみだ。一筋縄ではいかない、必ず裏切られる。歴史小説が苦手な人も安心して欲しい、舞台は「ほとんど」現代の東京だ。
真梨幸子さんの小説はほとんどの登場人物が不幸になる。殺されたり殺されるよりもひどいな目にあう。こういう人いるよなぁ、嫌いだなぁという人も不幸になるし、この人なんかヤダなぁという人もひどい目にあう。良い人は? と聞かれれば、そもそも好感を持てる人物はあまり登場しない。じゃあなんで読んでるのと言われると返す言葉がないほど確たる理由はない。ただただ読んでしまうのだ。人の嫌な部分や人が不幸になる様子を嫌だ嫌だと言いながら読む。これこそが悪性のエンターテイメントなのだ。『縄紋』以外の作品もおすすめです。
理由はそれだけではない。
僕の作っている縄文ZINEという雑誌の最初からのコンセプトは「縄文時代と現代カルチャーのマリアージュ」だ。縄文時代は一見現代カルチャーの対極にあるわけなので、対比させれば自ずとお互いが際立って、不思議な味わいとなる。もちろんうまくいったりいかなかったりするけれど、合わせることが重要なので結果にはそれほどこだわっていない。
だからこそミステリーというジャンルで縄文をテーマにした作品が「ある」ということがとてもうれしいことだと思っている。
そんな僕個人の考えは置いておいても小説『縄紋』は面白い。ミステリー好きな人にも縄文好きな人にもぜひおすすめしたい。
望月昭秀(もちづき・あきひで)1972年、弥生の遺跡である登呂遺跡で有名な静岡県に生まれる。株式会社ニルソンデザイン事務所代表/縄文ZINE 編集長。ニルソンデザイン事務所は商品パッケージから書籍、雑誌まで、グラフィック全般を幅広く手がけているデザイン事務所。2015年からフリーペーパー『縄文ZINE』を発行。メディアへの露出も多い。『縄文人に相談だ』の文庫版が角川文庫より6月12日に発売予定。
悩みなんて全部まとめて貝塚にポイ。
和製ダ・ヴィンチ・コード『縄紋』
縄紋、と聞いて、「何それ?」と思ったあなた。
実は、あなたが欲しいマンションの価格も、日本人に糖尿病が多いのも、ヤンキー坐りの発祥も、神社に鳥居と参道があるのも、謎の病気が流行るのも、最近フェミニズムが台頭しているのも、隣りのあの人が消えたのも、殺人が起こったのも、ぜんぶ「縄紋」のせいかもしれません。
イヤミスの女王、真梨幸子さんの新刊『縄紋』発売記念特集です。